2016年10月7日

敦子さんの鳥

敦子さんとは京都で暮らしていたとき、コンテンポラリーダンスのワークショップで出会った。
他の人たちが頭で考えながら踊っているなか、
敦子さんの踊りは何かを手放してるみたいに見えた。
その他、敦子さんについて知っていることといえば、
昔パンクバンドのベースをやっていたことがあること、
京都出身であること、
美術だか芸術だか情報だかに関係する大学に言っていたこと、
結婚して初めて東京に暮らしはじめたこと、
息子さんがいること、
漫画に詳しいこと、など。

土曜日、敦子さんの家に遊びに行った。
遊びに行くのは半年ぶりなのに、当日の誘いにも関わらず、
敦子さんは手ぶらで靴下も履いていない私に羊羹を出してくれた。

羊羹を食べていると
「どう?この皿」と、
まだ真ん中が羊かんで埋まっている皿の感想を求められた。
真ん中の部分が羊羹で埋まっているけれど、そこには大きく鳥(たぶん鶏)が書かれている。
「あっ・・・! いいですね」慌てたために雑な返答になってしまった。
「おとんが作ったん」
そうだ、敦子さん家のお父さんは陶器でアクセサリーらしきものとか色々つくる人だった。
「かわいいですね」あらためて言うと、
「まだあるで」敦子さんは同じサイズの皿を5~6枚かさねて持ってきた。
ふちどりが描かれているものもあればないのもあった。
真ん中に鶏がいるというところは全部一緒だけど、それぞれ大きさも色加減も、鳥の形・表情も絶妙に全部ちがう。
わたしはその中の、ふちどりのない皿の一枚に特に惹かれた。
「売ってんで」と敦子さんは言った。
「もしかして、これも売ってくれるんですか?」気になっていた一枚を指して言うと、
「ええで」

数分で、とても満足できる値段でステキなお皿が手に入ることになった。
俄然うれしく羊羹を食べた。
しばらくして、それぞれの話をして、またお皿の話に戻ったとき、
敦子さんは私の買うことになったお皿を指して言った。

「はまちゃん、わたし、これが一番好き。」


笑った。

一回売ると言ったものを、そう言ってみればこれが一番好きかもしれないと思って、
「わたしはこれが一番好き」とすべてを回収する。

そんな敦子さんと、これからも友だちでいたいと思った。


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(1年越しにようやく購入した皿。
 買うともれなく写真を撮られた(お父さんにどんな人が買ったか送るらしい))


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2016年10月3日

浅野と遊んだ

わたしたちは天気で予定を決めてしまうような
のらりくらりしたところがあるから、
片方が今暇? というときもう片方がなにかしら仕事をしていたり、
片方が今日お茶しよう。というときもう片方が寝ていたりで、
とにかく間延び+間延びでひと月が経ったころ、
いい加減「決める」ことが大切だと気づき、
28日にしようと決めた。

====================

遊ぶ、、、
お茶でもなく、呑むでもなく、
大の大人同士がいざ遊ぼうとなると、
はて、何をしたらよいのやら、
いまいち分からなくなって、
ひとまずメッセージなどやりとりする。

【浅野】
浅野千鶴
明日はわたし一日中あいてます!


浜口寛子
わーお! 何して遊ぼうねえ、、。


浅野千鶴
ハマーは一日あいてる?
何しようか!明日は晴れっぽいからドライビンしちゃう?
でもわたし運転できないからハマーに任せちゃうことになるが…
 

浜口寛子
わたしは1日融通ききますよー
あさの、さてはドライブしたいがやね!
都内からドライブってどこに行くのがいいかねぇ、、


浅野千鶴
わからんのよねえ、、
ドライブじゃなくてもいいのよー
ちょっと待ってー、何かあるか考えてみるワー!


浜口寛子
うぃー!

ドライブがよければ適当にどこか決めていくのもいいし、 
マザー牧場(千葉)っていうところもみつけたよ。

あるいはどこかの町で集合してぶらぶら散策するとかも楽しそうやし、、

何か二人で作ったりするのも楽しいね、紙芝居とか。



浅野千鶴

紙芝居つくるのすごい楽しそうじゃん。 それにしようよ




浜口寛子

え、まじで?

浜口寛子
車じゃなくていいが?


浅野千鶴
ぜんぜんいいよ
 



そりゃ自分から言ってみたことだけどさ、
わたしは自分でも「紙芝居」と入力しながら
はっ、何を言ってるんだろうと思っていたし、
てっきりスルーされるものだろうと思って、

いや、もし仮に、万一ね、紙芝居が採用されるにしても、
大の大人2人の1日があいているのだ、
「お出かけ」というカテゴリは捨てがたいだろと思って、

「 高尾山へ行って、頂上で紙芝居をつくる 」

という合体策も提案してみたが、

「どちらか(のんびり高尾山か、 のんびり紙芝居)しか無理」

とのことで、
メッセージがわずらわしくなった私は☎︎をかけた。

-- 本当のところ、一番したいのはなに?
-- ドライブの欲求は、満たさなくて大丈夫なの?
-- どこか、行ったりしなくていいの?
-- ほんとうは何が一番したいの?


浅野の答えは全部「紙芝居がしたい」のひとつだった。





*******


9月28日(すいようび)

13:00。

わたしたちは浅野の家の最寄駅で落ち合い、
500円の和風カレーを食べたあと世界堂へと足を運んだ。

世界堂は広い。
さすが世界というだけのことはある。
日常ではなかなか目にしない、いろいろなものが置いてある。トルソーとか。

しかしそんな中にあっても浅野の歩みには迷いがなかった。
浅野の足は、紙芝居の画用紙を求め、紙芝居を描くための水彩絵具を求めていた。

(だけどその手の指先は、

 「あっ絵の具あったよ!」

 とさせば油絵用だったし、

 「あっ水彩絵の具コーナーあったよ!」

 とさせばアクリル絵具だった。

 「え、アクリルって水彩じゃないの?」

 うん、ちがう。アクリルは水彩とちがう。

 だけど「どう違うの?」と真摯な表情で聞かれても、それはあまりに唐突な質問で、

 「油絵と水彩の間だよ。」

 というデタラメな答えしか返せなかった。)

世界を旅したわたしたちは、一度現実的になり、
今日1日の紙芝居だけのために一体どこで/なにを買うべきかを考えた。
そして2人は背中を丸めて100円◯一の店で、
画用紙と絵の具と筆を、合わせて540円で買ったわけだ。



14:30。


物語は浅野が考えて、
絵は私が描き、
色つけは2人で(最終的に浅野が)やることになった。

「主人公は?」

物語を考えはじめた浅野に聞かれて

「男子。20代か30代の。」

と答え、

「その他の登場人物は?」

と聞かれて

「喫茶店の主人と犬。」

と答えると

「猫でもいい?」

と聞かれたので

「いいよ。」

と答えた。

浅野は猫が飼いたいらしい。

それから浅野が好きな絵本の話をしてくれた、

「ある日、ジジ・ジャン・ボウ(主人公)は起きたらおったまげた。
 おちん◯んが長ーくなって、
 町中におちん◯んがのびてたって話。」

「それは大変だね。」

「うん。(紙芝居も)それはどう?」

「いいけど、30代男性のおちん◯んとなると、
 いやな顔する人も出てくるだろうね、街に」

と答えると、浅野も納得してくれたようで、
結局、浅野がいつか途中までメモに書いていたという

『しじみおじさん』

の話になった。

14:00頃から開始された紙芝居制作は、
途中、浅野の家にあった東京03のDVD鑑賞をはさみつつ、
終了したのは19:00近くだった。
(浅野はそのあとも、色塗りの作業を継続してやったらしい。)

けっこう疲れた。

で、この紙芝居、いったいどうしたらいいんだろ。



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ところでいつか浅野は●こんなこと●を書いてくれている。

また遊べて良かった。
また遊ぼ。

[ 物語を真剣にかんがえる浅野とプリンを1滴も残さず食べようとする浜口 ]

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2016年9月23日

熱海

(2016年2月)

熱海に行った。
家族旅行だ。

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道中見つけた、くらげみたいな雲。

集合時間の3時間前につき、
商店街まわりをぶらぶら。

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curry

熱海に来てカツカレーを食べるというのは、
なかなかに「オツ」的なことなのではないか。
そもそもオツって何だ。
わたしの新明解には、「オーソドックスではないが、それなりの趣が見られる様子」とあった。そういうことだ。よかろうもん。

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梅まつり@熱海梅園にも行く。
ume

雨傘300円が妥当な値段。

やっぱり花より木とか草のほうが好きだと実感。
でも30歳年上の女性が、
「この年になって初めて花がきれいやと思うようになってきた」と言っていたから、
わたしも年齢とともに目覚める(開花する)のかもしれない。

市街地までの坂道をくだる。
道中にあったガチャガチャで、これをゲット。

LED
「防災時によさそう」とか強がりを言ったが、
そのためには四六時中つけておく必要がありそうだ。

superman
00いったいなにに憧れて、なにをめざしたんだろう00

旅館についたときにはぱらついていた雨が止み、虹が出ていた。
出ているところが見えるような虹なんて初めてかもしれない。
それはもう片方でも同じことで、
だけど虹は、
どちらがはじまりやおわりかはまったくもって分からないんだなあと思った。

 

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2016年9月16日

ナンパ+α

考察その1その2のつづき)

理由を探すより前に必要なのが時間であることがある。
時代だのなんだのと理由を探すよりも時間をただ過ごすことでようやく、
その驚きからも少しずつ、傷が癒え始める。

そこで私はさらなる気分転換を求めて、
長らく話していなかった東京の友人に電話をかけてみることにした。
Hは大学時代、ゼミが一緒だった同い年。

「久しぶり、元気〜?」「元気だよ〜。」から始まり、
最近行った美術展などの話、そこから、ずっと気になっていた、
付き合っていたトラブル続きの彼とどうなったのかの話を訊いた。

「きっぱり別れたよ〜。でも今、私にしては珍しい、綺麗目の彼ができた。」とのこと。

「えっ!?」

フリーなわたしは電話を右から左に持ち変え、向こうの友人は調子を変えずに続ける。

「しかも、またフランス人。」

・・・そう、前の彼もフランス人だった。

そして聞くところによると今回はイタリアとイランの合の子で、フランス生まれの彼なんだという。

ややこしいから一個減らしてもらえないかと無理な注文をつけた後、
避けては通れない質問をする。

どうやったらそんなイタリアだかイランだかサフランだかと出会えるのか。

すんなり彼女は答えを教えてくれた。

「それがさ〜、ちょっと怖いんだけど、夜ね、帰り道に声かけられたの。
なんか、後ろついてきてたみたいでさぁ。」

・・・・・・東京でも、ナンパは起こっている。
ナンパは今でも起こりうる。

私は、何か、やるべきことが、あるんじゃないだろうか。
男の人が話しかけやすい、髪型とメイクと服装はこの際必要なんじゃないだろうか。
結婚については多少焦ったほうがいいと親戚からは四面楚歌。
実際に焦らないよりは焦ったほうが、悔いはないのかもしれない、
男受けしないよりはした方がホルモンも活性化されて元気が出るかもしれない。

しかし、と空に手をのばして私は思う。

普段、電車代をケチって自転車で猛スピードで移動しているために、
男の人は私が気になっても声をかけられないのではないか。
あるいは、自転車や歩くスピードの早さのため、
私の顔などが気になっても見そこねている男性が福岡で続出してるのではないか?

ああ、空がこんなに広い。



(おわり)

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(2010年、福岡にて)


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2016年9月14日

ナンパ日常茶飯事 (ナンパについての考察 その2)

その1のつづき)

どんなに私が記憶を、摩擦で火が起こるくらいこすり揺さぶっても、
ブラッドショー・浜口(引き続き、SEX AND THE CITY気分でお届けしています)の前に
男性だけの列ができたことは、ない。
ナンパされた体験も、生まれてこのかた2回だけである。
それも全て中東ご出身の方!

それは、確かに私が一筋縄ではいかない服装をしていたり、
男受けしやすそうなメイク・髪型・服装をしていないことも関係しているかもしれないが、
だけどそれだけが原因とも思えない。
可愛い友達の前にだって男性の列ができていて、
あれ、この子、激戦区のラーメン屋だったっけなと思ったこともないし、
お笑い道場さながらの、ナンパ道場、ナンパが当たり前だった世界の話を、
初めて耳にしたのだ。

嗚呼、きっと時代が変わってしまったのだなぁ。

現代はナンパのナの字が出る前に「草食系」とかが台頭してくる時代だ。
そのような情報が流れた時点でなのか、その前からなのか、
男性が女性に対して行動を起こすこと自体がやりにくくなっているのではないだろうか。

題して、「ナンパ日常茶飯事」。

同い年として話した友だちも驚き、
「福岡だけで起こっていたことなのではないか。」という疑惑も浮上、
この話は、時代が大きく関与しているのだと私は大きく高をくくり、
あくまで私ども20代の知らないカルチャーとして、
胸の内で「解決」の判を押したのだった。

そして、数日後。

福岡で一向に友達ができない私は、またも親戚・ユリちゃんとドライブ。
すると何の話をしていたのだったか、
ユリちゃんがちょっと気だるそうに言った。

「私、こないだナンパされたんよ。」

・・・えっ?

あれっ??

時代が違うんじゃないですか!?

血のつながった私の驚きをスルーして彼女はなおも気だるそうに続ける。

「しかも、イオンで。」

・・・・・・イオンモールを皆さんはご存知だろうか?

ショッピングモールである。

そこで、今や結婚10年を過ぎ、元気ピンピンな子供が2人いる親戚が、
「ナンパされた」と言っている。

「しかも、ブーツの試着しとった時によ!?」

彼女はつづけた。

「ずっと後ろついてきてたみたい。
 ちょうど、こう、ブーツを履いてる時に「すみません!」って。
 私も片足突っ込んだブーツ掴んだまま、「はい?」って、顔だけ上げて。
 そしたら「ご飯でもご一緒しませんか?」って言われたんよ〜。」

こちらはすでに興奮している。だって、イオンモールなのだ。

「どんな人に!?」

「なんか、普通の20代か30代前半の本当普通の人やったよ。
 そんなブサイクでもないし。普通の。スーツ着た。」

「それで!!?」

なんで普通の20代か30代がイオンでナンパしているんだ。
しかも現代に!
なにを、やっているのか!!
解決させ蔵に入れたはずの事件を掘り起こされ、私はひっちゃかめっちゃか。
しかしユリちゃんは安全運転を維持したままなおも語る。

「私、結婚してるんです〜ってちゃんと言ったよ。
 えっ、て相手が言っとったけん、しかも子供もいるんです〜。
 二人(指をたてて)。って言った。」

futari

「そしたら!!?」

「じゃあ、お茶でも。って言われて、
 まぁ、丁重にお断りしたよ。」


放心状態だ。


未婚女性と思ってご飯に誘い、既婚女性と知ってお茶にランクを落とした・・・・・・
いや、そのことにではなく、
今は滅多にないと思い込んでいたナンパが、
かのイオンモールで行われたことである。

その日、ドライブのラストには実際の現場(イオンモール)に寄ってみた。

まさかここを舞台にナンパが繰り広げられたなんて、
やっぱりにわかには信じがたいことだった。


(まだ続く、、)

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2016年9月10日

ナンパについての考察 その1

have a nice tea

(2010年。福岡で暮らしていたころの書)

なんだかタイトルがSEX AND THE CITYさながらで興奮します、わたしです。
ブラッドショー・浜口です。
珍しく夜中に書いている為、若干フワッとしている可能性があります。

こないだ、親戚のユリちゃん(40代)と話していて、
およそ15年前の男女の出会いについての話になった。


つまりはユリちゃんが独身を謳歌していたころ、
福岡にはナンパのメッカであるストリートがあったという。

そこにいる女はつまり、ナンパをされるための存在であり、
そこにいる男はつまり、ナンパをするための存在であったのだそうだ。

「目の前には、順番待ちの列ができとったよ。」

というユリちゃんに、私は耐え切れず、

「どんだけ、モテるがよ!!」

と土佐弁丸出しのツッコミを挟んだが、

違うらしい。

ユリちゃんはたしかにオシャレで美人だ。

しかしこれを読んでいるあなたも、
女性であるという条件さえ満たせば、
あなたの前にナンパ待ちの列はできたのだそうだ。

女性でさえあれば。

かわいいかわいくないに関係なく。

その○○通りであれば。

当時、その通りに行くこととナンパはつまりイコールだったという。

自分が、あら、私、激戦ラーメン店だったかしら?
と錯覚するほど、ある意味腹をすかした男性陣が目の前に並べば、
否が応にも取捨選択を行う必要が出てくる。
みんなと遊ぶわけにもいかない。

「中でも車を持っているか否かが重要だった。」

と隣の経験者はアイスコーヒー片手に語る。

「友達と遊んでて帰りたいなと思ったときに皆でその通りに行くんよ。
 そんで、来た人が車持っとったら、帰り賃浮くやろ??
 まぁ男の子とはちょっとだけお喋りして〜。
 やから車持ってないなんて人が来たら、ようあんたここまで来れたね、って。
 何も持たずにどんな自信があって来たん?って感じやった。」

ユリちゃんは車を持ってない人間の現れた当時を思い出し苦い表情をする。
今となってはコーヒーはブラックしか飲まなくなった。

「それで、車持っててまぁ悪くないかなって人達と一緒に歩き出すやろ、
 そしたら、さっき断った人とかとすれ違ったりして、『なんで〜?』とか言われるんよ。
 それで『ゴメンね!』みたいな。」

いつかを振り返り、目を細める親戚。
ナンパは他の場所でも起きた。

「例えばファーストフード店とかで、友だちと二人で食べとるやろ、
 そしたら、自動ドアのところで男の人が靴脱いで入ってきて
『すみません、一緒にお茶しませんか!?』って。
 だからこっちの友だちが『すみません、店内土足でお願いできますか?』って。
 いきなり初対面の人がボケてきて突っ込むとか、
 ナンパっていうてもどこでも当たり前やったし、それが健全やったわ〜。」

体験したことのない、言うならばお伽話を前に、私は何と言ったらいいのか。
想像さえ追いつかない話に、
すごい、としか言いようがない。

こういうのを、カルチャーショックと言うんだろうな。

【※カルチャーショック:異文化に接したときに、
慣習や考え方などの違いから受ける精神的な衝撃。(広辞苑第五版)】

私の前にもきっと男性の列はできたのだ。

その◯◯通りであれば。

そして、15年前であれば。。。


その2につづく、、、)


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2016年9月7日

これは、バターですか?

(2012年、冬のはなし)

Mさんは女の人で、結婚していて、東京と高知とを半分半分くらいで生活している。



高知の方には夫婦で購入した家があり、それはとある山の上にある一軒家である。

また、その一軒家はまさに「古民家」と呼ばれる邸宅で、

水回りなどはきちんとリフォームされた上、居間などは畳と床7:3の構造、古(いにしえ)と現代のうまい融合、柱や梁は立派な大木出身であり、天井や壁などは完璧すぎない白色、これは仮に漆喰でなくても漆喰と言われたほうがしっくりくるよ、というような、とにかくどこをとっても文句のつけようのない、素晴らしいお家です。

私のつたない言葉では伝えきれませんと言って全説明を今回避。


この家は時に人で溢れかえる。
モデルハウスと勘違いして人がたくさん入ってきてしまったわけではない。
Mさん夫婦のもてなしの心ゆえである。
忘年会や新年会、クリスマスやその他誰かの誕生日会など、
関係者があふれ、皆が寛ぎ、笑い、築年数など知らないが古民家というくらいだ、
古くから存在したあたたかい空間の中で皆心和やかに楽しんで帰ってゆく。

さて、話は先日のこと。

高知のお隣は「香川県」から、
数少ないミュージシャン友だち、ミキティがやってくるらしい。
その情報をMさんから聞きつけた私は
早速ミキティに電話をかけた。
来るの?会えるの?
聞くと日帰りだから日中ならば会えるとのこと。
しかしその日、珍しく私の日中は埋まっており、
せっかく来るなら力不足で冒頭語りきれなかった例のマネージャーの家に泊まればいいよ(せっかく古民家なのだし)という勝手な提案をし、双方に確認をとった後、
人の一泊二日の高知滞在が決定の運びとなったのだった。

そして当日の夜。

しばらく誰もいなかった古民家はすっかり冷えていて、
Mさんは居間にある石油ストーブに灯油を補充している。
これからそれぞれの持参した銘酒やらスパークリングワインやらを
ちびりちびり飲みながら気になる音楽の話なんかで盛り上がる予定。
ああ、なんてお洒落なんだ。
ストーブがつくまでの間、
ミキティは全てのパーツが10cmくらいのぶ厚い材木でつくられた和机の前に座り、
ホットカーペットで香川からの疲れを癒している。
かたや私は、これから来るお洒落タイムのため、
リラックスモードにチェンジしようと、装飾品(ピアス)を外し、
居間に入ってすぐの棚の上に、
いつも置いてあるものとお洒落な感じに並べて置いていた。
そこでふと、あるものに気づいた。
本やら何やらの並べられた黒い棚の上の物の中に、
その見慣れないものはあった。
それは丸くて、簡易なプラスチックの白い受け皿のような薄い容器にプラスチック製の蓋で封をされ、どこかしっかりした、かつどこか神妙な雰囲気を醸し出す直径3、4cmの何かだった。
とにかくやたら丸いという印象を与えるこれは、何なんだろう?
どこからともなく来た興味から、私はそれを色んな角度から真剣に眺めていた。
わからない、、、。
しかし、蓋部分の少し上のほうに目をずらすと、その名前らしきものが書かれてあった。
「sagami」
・・・これは!!
私は完全に慌てた。
これはあれである。
知る人ぞ知る、あれのメーカーである!
この、お洒落で、たくさんの人が和んで楽しむ古民家で!?
漆喰でできてると言われた方がしっくりくるこのお洒落な棚の上に!?
避妊具が!
しかもそれは堂々と、キッチンから居間に入ってすぐの、
鍵を置くような場所に、
鍵や飾りなどに囲まれて野ざらしのまま堂々としているのだ。

これは、、、

フリイセックスの象徴なのだろうか?

恥ずかしいことじゃないというメッセージなのだろうか?

はたまた、覚悟がないなら、ちゃんと避妊しましょうよという心の叫び?

一瞬のうちに未だ見ぬMさんの本質を色々とかいくぐったが、最終的に、
「この家に、これは、似つかわしくない。」
という一点の結論に至り、
私は恐らく確実に慌てた顔をしながら、
かつ居間でくつろぐ2人にバレないようにしながら、
その避妊具を同じ棚の上、近くにあったプリンターのうしろに隠した。

そして必死に笑顔をつくり、
「なになに、何の話〜?」
とギクシャクと振り返り女子2人のトークに混ざって行った。

その日は夜寝る時も川の字で、避妊具の謎は聞けず仕舞い、

終始私はイチモツをかかえ、影のある笑顔でガールズトークに参戦したのだった。

それから3日後。

ミキティは既にお隣の香川県に帰り、
Mさんと私、2人だけで古民家にやってきた。
今日はただの打ち合わせという名目のお泊まり会である。

そしてキッチンから扉を抜けて居間の空気を吸った瞬間、
忘れかけていた数日前のフラッシュバックが頭を殴った。

あの日と同じように
Mさんが一生懸命ストーブに灯油を入れている背中を確認し、
私は迅速な動きでプリンターの裏をのぞいた。

そこにはやはりあの日のまま、
私の手により移動を強いられた避妊具がじっとこちらを見つめていた。

「何か用?」

私はそれと目を合わせたまま、斜めに傾いた体のまま、少し悩んだ。

*****

実はわたし、人様の家に行った時、
いつも心の奥で願っていることがあるんです。
「避妊具を見つけませんように!」
というのがそれです。
20代を越えてもやはり恥ずかしいものという意識がまだどこかにあるんでしょうか。
女子校だったことが関係してるんでしょうか。
家の玄関をくぐっても、プライベートの一切を見ていいという許可を得たわけではありません。
それを見つけてしまうのは、許されないプライベートをかいま見た事と同じ、
いやそれ以上で、
サプライズの準備をうっかり見てしまう以上で、
冬だから処理されていない毛を見てしまった以上で、
とにかく気まずいものでしょう、きっと!
だから「絶対に見てはいけないもの」だという恐怖にもにた観念が、
人の家に行くときはいつもあったんです。

そして、とにかく見てはいけないという意識が、
余計にベッドの下の隙間を気にさせたりするんです。

*****

そして遂に、恐れていた人様の家で、
よりによってMさんの家で、
見つけてしまったのだ。
私は初めてそれを。
だから悩んだ。

・・・打ち明けるべきなんだろうか?

もしうっかり置いたまま忘れてしまっていたのだとしたら、
相手もえらく恥ずかしい思いをするではないか。
私だって然りだ。

でも、もし気づいていないなら、この先もこの避妊具はここに居続ける。
プリンターの裏側に。
プリンターの裏側の避妊具は誰の何の助けにもなれない。
ましてやコピーの助けにもならない。

よって私は一人、

自分とMさんとの“仲の良さ”のようなものをコピー機の前で再確認し、
息をすい、のっぺりとした顔を作ってから口を開いた。

「Mさん、なんでここに避妊具を置いてたんですか?
 私、ビックリして隠したんですよ。こないだの夜」


・・・なんて助走のない、不器用な言い方!

人は緊張するとこうもうまく文章が作れないものか!

もっと上手な枕言葉はなかったのかと、
泣きそうになりながら自分を苛みながら、

口から出てしまったものはもう取り返しがつかない。

そしてMさんはこちらに振り向き、言った。


「何のこと?」

言いづらいことほど聞き返される可能性が高い!

ここまできたら逃げることもできない。


私はしどろもどろになりながら答えた。

「いや、だから、避妊具を、ここに、
 ミキティが来た日、
 堂々と、置きっぱなしにしていましたよ。」

ありのままの事実を文節を区切って伝えるなんて、
お互いになんとも酷な話だなぁ、と、どこかでながれる呑気が言う。

それなのにまだ目の前の人は、
音にするなら「きょとん」という表情だけを私に伝えてくるのだ。

純粋無垢か!

いよいよ言葉だけでは拉致があかなくなってきた2人の間で、私はついに行動に出た。

コピー機の裏にへばりついていた避妊具を力任せにはがし、
目の前に差し出したのだ。

これですよ!!

まるで、刑事物である。

犯人が犯行現場に落としていった避妊具。
その避妊具には犯人の指紋がベッタリと。
避妊具を目の前にして泣き崩れる犯人。
「本当は、本当は好きだったんだ。」
「分かる、分かるよ、男だもんな。」と藤田まこと氏。

かたや目の前のMさんには人間らしい表情が戻る。

そして彼女は言ったのだ。

「えっ? それ避妊具やったが?」

・・・・・・。

どうやらその避妊具は、誰かに渡された袋の中に入っており、
どうせ浜口の忘れものだろうということで、来た時に渡せるよう
目立つ場所に置いておいたのだそうだ。

じゃあ何だと思ったのですか? これを?

と聞くと

「バターか何かかと思った。」


とのこと。


わたしの忘れ物のバター・・・。


惜しげも無く捨てようとするので、せっかくだからもらって帰りました。


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2016年9月2日

マヤちゃんは文芸部

マヤtweet

というマヤちゃんのTweetを見て、
わたしは「課題図書」というキーワードに触発され
トルストイの「アンナ・カレーニナ(上)」を購入したのだったが、
まだ30ページしか読んでいない。わたしの夏の課題図書。

8月26日。

きょう、マヤちゃんと会った。

マヤちゃんも課題図書をちょっとずつ読んだり
ちょっと開いて気分じゃない、と思って別の本にしたりして、
机の上にどんどん本が広がっていっているらしい。

「すごいよね、そういうとこ。」

とマヤちゃんは言って喫茶店の机にふせようとした。

「え、なにが?」

わたしは分からなかった。

マヤちゃんはいささかビックリしたように起き上がり、

「本がさ。そういう、開くと、別の世界が広がってるとこ。」

と言った。

わたしはどちらかというと、「すごい」というのは
幅広く読書を手がけるマヤちゃんのことだと思っていた。

そしてまたマヤちゃんは
目の前にあるアイスコーヒーに一口もつけずに
手元の少年ジャンプに目を落とした。

汗をかいたアイスコーヒー

(終)

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2016年8月31日

よさこい祭メダル

よさこいを見た。

よさこい祭りは、地元・高知で60年くらい続いている。

わたしはその歴史のなかで、小学校2年と3年と4年あたりでよさこいに出場したことがある。

突然だが、よさこいのときは、美容院に行く。

わたしは同級生のお母さんが働いている近所の美容院「フローレンス」へ行った。

小学生とは言えども人前で踊るのだ。
ふだんはしない化粧をほどこされ(遠目にも映えるように)、
髪をこの上ないほどにひっつめて(踊っても崩れないように)もらった。

当時の写真がある。

yankii

地元のヤンキー(憧れ)みたいになっている。 ※
真ん中がわたし

それもこれも、慣れないメイクとぎゅんぎゅんにまとめたヘアスタイルに、
わたしが望んだ髪飾りとメッシュを入れたらこうなったのだ。
はちまきを締めて一丁上がり。


ところで高知のよさこい祭りにはメダルというものが存在する。
踊る場所ごとに “審査員” がいて、
「あの子だ」と審査員から指さされた者は
係の人に審査員席まで連行され、メダルをかけてもらえるのだ。

メダルの数はけっこう多い。
老若男女、年齢・性別を問わず、
「全員」と言っていいくらいほとんどの人がもらえる(ものだと思う)。
2日目ともなると、けっこうな人がメダルをかけている。
わたしの隣で踊っている幼なじみのミキちゃんなんて、
メダルはおろか、花メダルまでもらっていた。
※ 花メダル:限られた人間しかもらえない特別なメダル。
花の中にメダルが埋め込まれている、アラーキーもビックリのデザイン。
選考基準はわからない。

しかし小学校4年の夏、
わたしはメダルをもらえなかった。

からだ全部をつかって、
先生に教わったとおり、いやそれ以上に踊っても、踊っても、踊っても、
「そいや さーの さーの さーの!!」と叫んでも、
わたしは花メダルどころか、メダルさえもらえなかった。

踊り場所も残すところわずか、わたしのテンションは下がっていた。

なんせメダルがないのだ。

ほとんどの人がもらっているのに。
忘却

がんばって踊っているのに
inasaku

結局わたしはさいごまでメダルをもらえなかった。

肩を落として帰り道、家まで残り400mほどというところで、
わたしはどうしてもおしっこをしたくなった。
落ち込んでいても尿意はある。
そこは近所のマスガタ商店街。
ここもよさこいの開催地となっているところで、
踊りが終わってもまだ祭りムードがそこかしこに漂っていた。
わたしもまだ踊り子の恰好をしていた。
踊り子ならこころよくトイレを貸してくれるだろうと母が判断したのか、
気づけばわたしは商店街のちいさな居酒屋に足を踏み入れていた。
一目散にトイレを目指し、ぶじに用を済ませて出ると、
母が世間話をしていた。

「メダルがもらえんかってね〜」

わたしがあと1、2年後だったら自尊心が傷ついてもおかしくない発言をしていた。
しかしわたしはまだ小4だったのでかろうじてその発言でも肩を落とすのみだった。
すると、居酒屋の主人が
「これ、ちょうどあるきー!」
とカウンターの中から出してきたのは、
メダルだった。
よさこいでもらえる、メダルだった。

かくして、わたしは、この小さな居酒屋で
居酒屋のご主人からメダルをかけてもらった。

踊りもせずに。

これではただのおしっこの功績。

だけどわたしは嬉しかった。
踊り終えてはじめて、
「あなたは今年の夏、よさこい鳴子踊りをおどりました」
と、言ってもらえたように思ったからだ。


2016年、今年もマスガタ商店街でよさこいを見た。
そしてあの日以来、初めてその居酒屋を訪れた。
ビールとレモンハイを飲んで、帰り際、ここでメダルをもらった話をした。

するとお店のご夫婦はうれしそうにしてくれて、
おそらく同一人物であるご主人が、
むかしは寄付をするとメダルがいくつかもらえていたけど、今はもらえん、
という話をしていた。

そういうメダルがあっていいと思う。つづいてほしい。
花メダル以上に存在の知られていない、地元の「おこぼれメダル」。


自力メダル
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2016年8月29日

夢と常識

劇団をやめて、
わたしはいくつかのものを失ったかもしれないが、
そのかわりにもどってきたものもある。
友人だ。


―― 3年前の夏 ――

「そんなの常識だよ。」

と、よっちゃんに言われた。

【レベルを上げるために、メタルスライムを倒すことは常識である】
と、今助手席にいるよっちゃんは、彼女の車を運転している私に言う。

「そうなんだ。」

と、私は冷静に答える。

よっちゃんは、
自分でドラクエをやったことがないのに、
お兄ちゃんの冒険しているのを見て、その “常識” を覚えているらしい。
私は自分でドラクエをやったことがあるのに、
全くそういう “常識” を覚えてもいない。

【メタルスライムは逃げ易い】ということも常識だ、
とよっちゃんは言ってから、助手席で眠りに落ちた。

私の家についてからも、よっちゃんは場所を和室に移して眠り続けていた。

よっちゃんは今日も夜勤明けだ。

眠る彼女の横で、
約15年ぶりにトライしているドラクエをしている。

30分程経った頃、よっちゃんはもそっと起きて、
ぽーっとTV画面を見ていた。

そしておもむろに、

「夢見た。」

と言った。

「どんな夢?」

と聞くと

「メタルスライムが出てきた。」

と言った。

そしてつづけて

「『メタルスライムがよく出る場所はどこですか?』
 ってメタルスライムに聞く夢。」

と言った。

【メタルスライムがよく出る場所がある】というのも
きっと “常識” なんだろう。

ああ、メタルスライムがこんなに近い。

メタルスライム2

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