(考察その1、その2のつづき)
理由を探すより前に必要なのが時間であることがある。
時代だのなんだのと理由を探すよりも時間をただ過ごすことでようやく、
その驚きからも少しずつ、傷が癒え始める。
そこで私はさらなる気分転換を求めて、
長らく話していなかった東京の友人に電話をかけてみることにした。
Hは大学時代、ゼミが一緒だった同い年。
「久しぶり、元気〜?」「元気だよ〜。」から始まり、
最近行った美術展などの話、そこから、ずっと気になっていた、
付き合っていたトラブル続きの彼とどうなったのかの話を訊いた。
「きっぱり別れたよ〜。でも今、私にしては珍しい、綺麗目の彼ができた。」とのこと。
「えっ!?」
フリーなわたしは電話を右から左に持ち変え、向こうの友人は調子を変えずに続ける。
「しかも、またフランス人。」
・・・そう、前の彼もフランス人だった。
そして聞くところによると今回はイタリアとイランの合の子で、フランス生まれの彼なんだという。
ややこしいから一個減らしてもらえないかと無理な注文をつけた後、
避けては通れない質問をする。
どうやったらそんなイタリアだかイランだかサフランだかと出会えるのか。
すんなり彼女は答えを教えてくれた。
「それがさ〜、ちょっと怖いんだけど、夜ね、帰り道に声かけられたの。
なんか、後ろついてきてたみたいでさぁ。」
・・・・・・東京でも、ナンパは起こっている。
ナンパは今でも起こりうる。
私は、何か、やるべきことが、あるんじゃないだろうか。
男の人が話しかけやすい、髪型とメイクと服装はこの際必要なんじゃないだろうか。
結婚については多少焦ったほうがいいと親戚からは四面楚歌。
実際に焦らないよりは焦ったほうが、悔いはないのかもしれない、
男受けしないよりはした方がホルモンも活性化されて元気が出るかもしれない。
しかし、と空に手をのばして私は思う。
普段、電車代をケチって自転車で猛スピードで移動しているために、
男の人は私が気になっても声をかけられないのではないか。
あるいは、自転車や歩くスピードの早さのため、
私の顔などが気になっても見そこねている男性が福岡で続出してるのではないか?
ああ、空がこんなに広い。
(おわり)
(2010年、福岡にて)
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(その1のつづき)
どんなに私が記憶を、摩擦で火が起こるくらいこすり揺さぶっても、
ブラッドショー・浜口(引き続き、SEX AND THE CITY気分でお届けしています)の前に
男性だけの列ができたことは、ない。
ナンパされた体験も、生まれてこのかた2回だけである。
それも全て中東ご出身の方!
それは、確かに私が一筋縄ではいかない服装をしていたり、
男受けしやすそうなメイク・髪型・服装をしていないことも関係しているかもしれないが、
だけどそれだけが原因とも思えない。
可愛い友達の前にだって男性の列ができていて、
あれ、この子、激戦区のラーメン屋だったっけなと思ったこともないし、
お笑い道場さながらの、ナンパ道場、ナンパが当たり前だった世界の話を、
初めて耳にしたのだ。
嗚呼、きっと時代が変わってしまったのだなぁ。
現代はナンパのナの字が出る前に「草食系」とかが台頭してくる時代だ。
そのような情報が流れた時点でなのか、その前からなのか、
男性が女性に対して行動を起こすこと自体がやりにくくなっているのではないだろうか。
題して、「ナンパ日常茶飯事」。
同い年として話した友だちも驚き、
「福岡だけで起こっていたことなのではないか。」という疑惑も浮上、
この話は、時代が大きく関与しているのだと私は大きく高をくくり、
あくまで私ども20代の知らないカルチャーとして、
胸の内で「解決」の判を押したのだった。
そして、数日後。
福岡で一向に友達ができない私は、またも親戚・ユリちゃんとドライブ。
すると何の話をしていたのだったか、
ユリちゃんがちょっと気だるそうに言った。
「私、こないだナンパされたんよ。」
・・・えっ?
あれっ??
時代が違うんじゃないですか!?
血のつながった私の驚きをスルーして彼女はなおも気だるそうに続ける。
「しかも、イオンで。」
・・・・・・イオンモールを皆さんはご存知だろうか?
ショッピングモールである。
そこで、今や結婚10年を過ぎ、元気ピンピンな子供が2人いる親戚が、
「ナンパされた」と言っている。
「しかも、ブーツの試着しとった時によ!?」
彼女はつづけた。
「ずっと後ろついてきてたみたい。
ちょうど、こう、ブーツを履いてる時に「すみません!」って。
私も片足突っ込んだブーツ掴んだまま、「はい?」って、顔だけ上げて。
そしたら「ご飯でもご一緒しませんか?」って言われたんよ〜。」
こちらはすでに興奮している。だって、イオンモールなのだ。
「どんな人に!?」
「なんか、普通の20代か30代前半の本当普通の人やったよ。
そんなブサイクでもないし。普通の。スーツ着た。」
「それで!!?」
なんで普通の20代か30代がイオンでナンパしているんだ。
しかも現代に!
なにを、やっているのか!!
解決させ蔵に入れたはずの事件を掘り起こされ、私はひっちゃかめっちゃか。
しかしユリちゃんは安全運転を維持したままなおも語る。
「私、結婚してるんです〜ってちゃんと言ったよ。
えっ、て相手が言っとったけん、しかも子供もいるんです〜。
二人(指をたてて)。って言った。」
「そしたら!!?」
「じゃあ、お茶でも。って言われて、
まぁ、丁重にお断りしたよ。」
放心状態だ。
未婚女性と思ってご飯に誘い、既婚女性と知ってお茶にランクを落とした・・・・・・
いや、そのことにではなく、
今は滅多にないと思い込んでいたナンパが、
かのイオンモールで行われたことである。
その日、ドライブのラストには実際の現場(イオンモール)に寄ってみた。
まさかここを舞台にナンパが繰り広げられたなんて、
やっぱりにわかには信じがたいことだった。
(まだ続く、、)
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(2010年。福岡で暮らしていたころの書)
なんだかタイトルがSEX AND THE CITYさながらで興奮します、わたしです。
ブラッドショー・浜口です。
珍しく夜中に書いている為、若干フワッとしている可能性があります。
こないだ、親戚のユリちゃん(40代)と話していて、
およそ15年前の男女の出会いについての話になった。
つまりはユリちゃんが独身を謳歌していたころ、
福岡にはナンパのメッカであるストリートがあったという。
そこにいる女はつまり、ナンパをされるための存在であり、
そこにいる男はつまり、ナンパをするための存在であったのだそうだ。
「目の前には、順番待ちの列ができとったよ。」
というユリちゃんに、私は耐え切れず、
「どんだけ、モテるがよ!!」
と土佐弁丸出しのツッコミを挟んだが、
違うらしい。
ユリちゃんはたしかにオシャレで美人だ。
しかしこれを読んでいるあなたも、
女性であるという条件さえ満たせば、
あなたの前にナンパ待ちの列はできたのだそうだ。
女性でさえあれば。
かわいいかわいくないに関係なく。
その○○通りであれば。
当時、その通りに行くこととナンパはつまりイコールだったという。
自分が、あら、私、激戦ラーメン店だったかしら?
と錯覚するほど、ある意味腹をすかした男性陣が目の前に並べば、
否が応にも取捨選択を行う必要が出てくる。
みんなと遊ぶわけにもいかない。
「中でも車を持っているか否かが重要だった。」
と隣の経験者はアイスコーヒー片手に語る。
「友達と遊んでて帰りたいなと思ったときに皆でその通りに行くんよ。
そんで、来た人が車持っとったら、帰り賃浮くやろ??
まぁ男の子とはちょっとだけお喋りして〜。
やから車持ってないなんて人が来たら、ようあんたここまで来れたね、って。
何も持たずにどんな自信があって来たん?って感じやった。」
ユリちゃんは車を持ってない人間の現れた当時を思い出し苦い表情をする。
今となってはコーヒーはブラックしか飲まなくなった。
「それで、車持っててまぁ悪くないかなって人達と一緒に歩き出すやろ、
そしたら、さっき断った人とかとすれ違ったりして、『なんで〜?』とか言われるんよ。
それで『ゴメンね!』みたいな。」
いつかを振り返り、目を細める親戚。
ナンパは他の場所でも起きた。
「例えばファーストフード店とかで、友だちと二人で食べとるやろ、
そしたら、自動ドアのところで男の人が靴脱いで入ってきて
『すみません、一緒にお茶しませんか!?』って。
だからこっちの友だちが『すみません、店内土足でお願いできますか?』って。
いきなり初対面の人がボケてきて突っ込むとか、
ナンパっていうてもどこでも当たり前やったし、それが健全やったわ〜。」
体験したことのない、言うならばお伽話を前に、私は何と言ったらいいのか。
想像さえ追いつかない話に、
すごい、としか言いようがない。
こういうのを、カルチャーショックと言うんだろうな。
【※カルチャーショック:異文化に接したときに、
慣習や考え方などの違いから受ける精神的な衝撃。(広辞苑第五版)】
私の前にもきっと男性の列はできたのだ。
その◯◯通りであれば。
そして、15年前であれば。。。
(その2につづく、、、)
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(2012年、冬のはなし)
Mさんは女の人で、結婚していて、東京と高知とを半分半分くらいで生活している。
高知の方には夫婦で購入した家があり、それはとある山の上にある一軒家である。
また、その一軒家はまさに「古民家」と呼ばれる邸宅で、
水回りなどはきちんとリフォームされた上、居間などは畳と床7:3の構造、古(いにしえ)と現代のうまい融合、柱や梁は立派な大木出身であり、天井や壁などは完璧すぎない白色、これは仮に漆喰でなくても漆喰と言われたほうがしっくりくるよ、というような、とにかくどこをとっても文句のつけようのない、素晴らしいお家です。
私のつたない言葉では伝えきれませんと言って全説明を今回避。
この家は時に人で溢れかえる。
モデルハウスと勘違いして人がたくさん入ってきてしまったわけではない。
Mさん夫婦のもてなしの心ゆえである。
忘年会や新年会、クリスマスやその他誰かの誕生日会など、
関係者があふれ、皆が寛ぎ、笑い、築年数など知らないが古民家というくらいだ、
古くから存在したあたたかい空間の中で皆心和やかに楽しんで帰ってゆく。
さて、話は先日のこと。
高知のお隣は「香川県」から、
数少ないミュージシャン友だち、ミキティがやってくるらしい。
その情報をMさんから聞きつけた私は
早速ミキティに電話をかけた。
来るの?会えるの?
聞くと日帰りだから日中ならば会えるとのこと。
しかしその日、珍しく私の日中は埋まっており、
せっかく来るなら力不足で冒頭語りきれなかった例のマネージャーの家に泊まればいいよ(せっかく古民家なのだし)という勝手な提案をし、双方に確認をとった後、
人の一泊二日の高知滞在が決定の運びとなったのだった。
そして当日の夜。
しばらく誰もいなかった古民家はすっかり冷えていて、
Mさんは居間にある石油ストーブに灯油を補充している。
これからそれぞれの持参した銘酒やらスパークリングワインやらを
ちびりちびり飲みながら気になる音楽の話なんかで盛り上がる予定。
ああ、なんてお洒落なんだ。
ストーブがつくまでの間、
ミキティは全てのパーツが10cmくらいのぶ厚い材木でつくられた和机の前に座り、
ホットカーペットで香川からの疲れを癒している。
かたや私は、これから来るお洒落タイムのため、
リラックスモードにチェンジしようと、装飾品(ピアス)を外し、
居間に入ってすぐの棚の上に、
いつも置いてあるものとお洒落な感じに並べて置いていた。
そこでふと、あるものに気づいた。
本やら何やらの並べられた黒い棚の上の物の中に、
その見慣れないものはあった。
それは丸くて、簡易なプラスチックの白い受け皿のような薄い容器にプラスチック製の蓋で封をされ、どこかしっかりした、かつどこか神妙な雰囲気を醸し出す直径3、4cmの何かだった。
とにかくやたら丸いという印象を与えるこれは、何なんだろう?
どこからともなく来た興味から、私はそれを色んな角度から真剣に眺めていた。
わからない、、、。
しかし、蓋部分の少し上のほうに目をずらすと、その名前らしきものが書かれてあった。
「sagami」
・・・これは!!
私は完全に慌てた。
これはあれである。
知る人ぞ知る、あれのメーカーである!
この、お洒落で、たくさんの人が和んで楽しむ古民家で!?
漆喰でできてると言われた方がしっくりくるこのお洒落な棚の上に!?
避妊具が!
しかもそれは堂々と、キッチンから居間に入ってすぐの、
鍵を置くような場所に、
鍵や飾りなどに囲まれて野ざらしのまま堂々としているのだ。
これは、、、
フリイセックスの象徴なのだろうか?
恥ずかしいことじゃないというメッセージなのだろうか?
はたまた、覚悟がないなら、ちゃんと避妊しましょうよという心の叫び?
一瞬のうちに未だ見ぬMさんの本質を色々とかいくぐったが、最終的に、
「この家に、これは、似つかわしくない。」
という一点の結論に至り、
私は恐らく確実に慌てた顔をしながら、
かつ居間でくつろぐ2人にバレないようにしながら、
その避妊具を同じ棚の上、近くにあったプリンターのうしろに隠した。
そして必死に笑顔をつくり、
「なになに、何の話〜?」
とギクシャクと振り返り女子2人のトークに混ざって行った。
その日は夜寝る時も川の字で、避妊具の謎は聞けず仕舞い、
終始私はイチモツをかかえ、影のある笑顔でガールズトークに参戦したのだった。
それから3日後。
ミキティは既にお隣の香川県に帰り、
Mさんと私、2人だけで古民家にやってきた。
今日はただの打ち合わせという名目のお泊まり会である。
そしてキッチンから扉を抜けて居間の空気を吸った瞬間、
忘れかけていた数日前のフラッシュバックが頭を殴った。
あの日と同じように
Mさんが一生懸命ストーブに灯油を入れている背中を確認し、
私は迅速な動きでプリンターの裏をのぞいた。
そこにはやはりあの日のまま、
私の手により移動を強いられた避妊具がじっとこちらを見つめていた。
「何か用?」
私はそれと目を合わせたまま、斜めに傾いた体のまま、少し悩んだ。
*****
実はわたし、人様の家に行った時、
いつも心の奥で願っていることがあるんです。
「避妊具を見つけませんように!」
というのがそれです。
20代を越えてもやはり恥ずかしいものという意識がまだどこかにあるんでしょうか。
女子校だったことが関係してるんでしょうか。
家の玄関をくぐっても、プライベートの一切を見ていいという許可を得たわけではありません。
それを見つけてしまうのは、許されないプライベートをかいま見た事と同じ、
いやそれ以上で、
サプライズの準備をうっかり見てしまう以上で、
冬だから処理されていない毛を見てしまった以上で、
とにかく気まずいものでしょう、きっと!
だから「絶対に見てはいけないもの」だという恐怖にもにた観念が、
人の家に行くときはいつもあったんです。
そして、とにかく見てはいけないという意識が、
余計にベッドの下の隙間を気にさせたりするんです。
*****
そして遂に、恐れていた人様の家で、
よりによってMさんの家で、
見つけてしまったのだ。
私は初めてそれを。
だから悩んだ。
・・・打ち明けるべきなんだろうか?
もしうっかり置いたまま忘れてしまっていたのだとしたら、
相手もえらく恥ずかしい思いをするではないか。
私だって然りだ。
でも、もし気づいていないなら、この先もこの避妊具はここに居続ける。
プリンターの裏側に。
プリンターの裏側の避妊具は誰の何の助けにもなれない。
ましてやコピーの助けにもならない。
よって私は一人、
自分とMさんとの“仲の良さ”のようなものをコピー機の前で再確認し、
息をすい、のっぺりとした顔を作ってから口を開いた。
「Mさん、なんでここに避妊具を置いてたんですか?
私、ビックリして隠したんですよ。こないだの夜」
・・・なんて助走のない、不器用な言い方!
人は緊張するとこうもうまく文章が作れないものか!
もっと上手な枕言葉はなかったのかと、
泣きそうになりながら自分を苛みながら、
口から出てしまったものはもう取り返しがつかない。
そしてMさんはこちらに振り向き、言った。
「何のこと?」
言いづらいことほど聞き返される可能性が高い!
ここまできたら逃げることもできない。
私はしどろもどろになりながら答えた。
「いや、だから、避妊具を、ここに、
ミキティが来た日、
堂々と、置きっぱなしにしていましたよ。」
ありのままの事実を文節を区切って伝えるなんて、
お互いになんとも酷な話だなぁ、と、どこかでながれる呑気が言う。
それなのにまだ目の前の人は、
音にするなら「きょとん」という表情だけを私に伝えてくるのだ。
純粋無垢か!
いよいよ言葉だけでは拉致があかなくなってきた2人の間で、私はついに行動に出た。
コピー機の裏にへばりついていた避妊具を力任せにはがし、
目の前に差し出したのだ。
これですよ!!
まるで、刑事物である。
犯人が犯行現場に落としていった避妊具。
その避妊具には犯人の指紋がベッタリと。
避妊具を目の前にして泣き崩れる犯人。
「本当は、本当は好きだったんだ。」
「分かる、分かるよ、男だもんな。」と藤田まこと氏。
かたや目の前のMさんには人間らしい表情が戻る。
そして彼女は言ったのだ。
「えっ? それ避妊具やったが?」
・・・・・・。
どうやらその避妊具は、誰かに渡された袋の中に入っており、
どうせ浜口の忘れものだろうということで、来た時に渡せるよう
目立つ場所に置いておいたのだそうだ。
じゃあ何だと思ったのですか? これを?
と聞くと
「バターか何かかと思った。」
とのこと。
わたしの忘れ物のバター・・・。
惜しげも無く捨てようとするので、せっかくだからもらって帰りました。
↑TOP
というマヤちゃんのTweetを見て、
わたしは「課題図書」というキーワードに触発され
トルストイの「アンナ・カレーニナ(上)」を購入したのだったが、
まだ30ページしか読んでいない。わたしの夏の課題図書。
8月26日。
きょう、マヤちゃんと会った。
マヤちゃんも課題図書をちょっとずつ読んだり
ちょっと開いて気分じゃない、と思って別の本にしたりして、
机の上にどんどん本が広がっていっているらしい。
「すごいよね、そういうとこ。」
とマヤちゃんは言って喫茶店の机にふせようとした。
「え、なにが?」
わたしは分からなかった。
マヤちゃんはいささかビックリしたように起き上がり、
「本がさ。そういう、開くと、別の世界が広がってるとこ。」
と言った。
わたしはどちらかというと、「すごい」というのは
幅広く読書を手がけるマヤちゃんのことだと思っていた。
そしてまたマヤちゃんは
目の前にあるアイスコーヒーに一口もつけずに
手元の少年ジャンプに目を落とした。
(終)
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劇団をやめて、
わたしはいくつかのものを失ったかもしれないが、
そのかわりにもどってきたものもある。
友人だ。
―― 3年前の夏 ――
「そんなの常識だよ。」
と、よっちゃんに言われた。
【レベルを上げるために、メタルスライムを倒すことは常識である】
と、今助手席にいるよっちゃんは、彼女の車を運転している私に言う。
「そうなんだ。」
と、私は冷静に答える。
よっちゃんは、
自分でドラクエをやったことがないのに、
お兄ちゃんの冒険しているのを見て、その “常識” を覚えているらしい。
私は自分でドラクエをやったことがあるのに、
全くそういう “常識” を覚えてもいない。
【メタルスライムは逃げ易い】ということも常識だ、
とよっちゃんは言ってから、助手席で眠りに落ちた。
私の家についてからも、よっちゃんは場所を和室に移して眠り続けていた。
よっちゃんは今日も夜勤明けだ。
眠る彼女の横で、
約15年ぶりにトライしているドラクエをしている。
30分程経った頃、よっちゃんはもそっと起きて、
ぽーっとTV画面を見ていた。
そしておもむろに、
「夢見た。」
と言った。
「どんな夢?」
と聞くと
「メタルスライムが出てきた。」
と言った。
そしてつづけて
「『メタルスライムがよく出る場所はどこですか?』
ってメタルスライムに聞く夢。」
と言った。
【メタルスライムがよく出る場所がある】というのも
きっと “常識” なんだろう。
ああ、メタルスライムがこんなに近い。
↑TOP
細ピーについてわたしが知っていることと言えば、
「火星人」というあだ名で呼ばれていたこと、
髪がいつも5cmくらいのショートカットだったこと、
B’zの大ファンで、「ウルトラソ〜ウル!♩」と歌うと
100%「ハァイ!」と言って大ジャンプを決めてくれること、
その「ハァイ!」と言ったとき、
上の制服の丈がなぜか異様に短くて
シャツも着ていないから100%お腹の部分が見えていたこと、
授業中、半目だったり、
白目のまま笑うなど、
居眠りの仕方にバリエーションがあったこと、
などで、楽しい中高時代の友人だった。
その細P、高校を卒業して、みるみると「女性」になった。
きれい、きゃしゃ、かわいい、美人などの要素をはらんだ「女性」に。
美人だった友だちは高校にもたくさんいたけれど、
女性への成長を遂げたNo.1はわたしの中で間違いなく細Pだ。
わたしは少しだけ、淋しかった。
数年ぶりに友人の結婚式で会った彼女は、
ほどよい茶色のロングヘアーをふわふわにまとめて、
あわい色のワンピースドレスにハイヒール。
このさびしさはマケオシミ的なものではなく、
ただもう細Pがお腹の見えない服を着ていることが、
肩をすくめて発作みたいに手を叩きながら笑う姿を見れないことが、
少しだけ、淋しかったのだ。
ときは流れ、そこからさらに数年が経ち、
細Pが「ボクササイズ」に通っているという噂を聞いた。
ボクササイズ、
それはボクシングの手法を利用した、気軽にできる一種のエクササイズ。
あんなに完成された女性に見えるのに、
細Pはシェイプアップしたかったらしい。
細Pから話を聞いた、友人Sが言った。
「でもね、打ち返してきたがやって。」
なんでも、
周りの女性たちが簡単なパンチだけのボクササイズを終え満足し帰宅していく中、
細Pも軽いステップを踏みながら軽いパンチでトレーナー相手にボクササイズしていると、
彼女の軽いパンチを受けた後、
ミットをつけた相手トレーナーが、まさか腕を振りかぶって、本気で打ち返してきたのだという。
これはボクササイズではない。
ボクシングである。
とっさによけた細Pも戸惑っただろう。
ボクササイズに来ているだけなのに打ち返されたら。
そうだ、しっかりと覚えている。
中高時代、彼女は陸上部で砲丸投げの選手だった。
おそらくトレーナーの人は、細Pの素質を見抜いたのだ。
しまいには、試合に出ることまですすめられ、
全く気軽なダイエットどころではなくなった細Pはボクササイズ通いをやめたという。
他人のトレーナーでも見てとれるくらい、
彼女の本質はまだそこに生きている。
なんだ、女性らしさが加わって、グレードアップしただけか。
先日のこと、
ひさしぶりに細Pと会った。
今や結婚し、一児の母でもある彼女と夢中で話しているうち、
わたしはだんだん前のめりになり、
なにかを説明しようとして手がCの形になっていたらしい。
「もまれんで〜?」
と、言われた。(*もんじゃだめよ、という意味)
細Pだった。
それから彼女は
「自分の子どもを、ひろじ(わたしの中高時代のあだ名)みたいになるように育てる。」
と、言ってくれた。
こんな褒め言葉ってあるだろうか。
そんなこんなで、さびしさなんて今はもうないという話。
(わたしはちゃんとシャツを着ている。)
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教員採用試験を受けている友人がいる。
「教員採用試験(きょういんさいようしけん)は、都道府県および、主に政令指定都市がそれぞれの設置、運営する学校(公立学校)のために教員を採用するための採用候補者名簿を作成するための試験である。」
〈Wikipediaより〉
てなわけで、ざっくりまとめると、
教員の免許とはまた別に設けられている、
高い倍率、狭き門の試験らしい。
その友人と、先日、コメダ珈琲店にて会った。
採用試験のなかには「模擬授業」というものがあるらしい。
「本当の授業みたいにやるがって。」
「なにそれ、エアー授業ってこと?」 と聞くと、
「そう。」 と友人。
「じゃあ、◯◯君。えっ、聞こえん。もう少し大きい声で。えっ? えっ!?、、みたいな?」
「それは減点。」 と言われた。
エアー感に調子に乗りすぎると駄目らしい。
そして友人は実際に、店内の向かいの席で、
エアー授業をやって見せてくれた。
「今日は白鳳(仮)についてやろうと思っちゅうけど、
白鳳について知ってる人?
・・・(間)・・・、そうやね、けっこう皆知っちゅうね。
じゃあ、白鳳の生い立ちについて知ってる人は?
・・・(間)・・・、おお〜、けっこう減ったねぇ。
じゃあ◯◯君、白鳳はどこから来たと思う?
・・・(間)・・・、おしい! 白鳳は… 」
これを4人の面接官から見られるのだそうだ。
仮想の生徒を対象に、1人でしゃべりつづける友人。
「かわいそう・・・」
試験でなければ、ただの見せしめ。
世の中いろんなところに女優がいる。
だけどその練習をくりかえし、
目の前でエアーに挑む友人の姿に、
わたしは文字通り励まされたのだった。
↑TOP
5月1日
空港について、母の姿を確認した。なんだか少し疲れているみたい。
ここのところなぜか帰ってくると最初にグラタンが食べたくなる。
ドリアじゃないのだ。マカロニグラタン。
空港の近くにあるいつものレストランでわたしはグラタンセットを、
目の前の母はスープカレーを頼んだ。
注文した食べ物がくるまでのあいだ、母は最近買ったiPadを
自慢気に披露してきてわたしは「この前も見たよ。」と返して、
母は最近撮った写真を見せたいらしかった。
数ヶ月前から飼い始めた犬の写真。
庭の木陰にいる犬、家の中でぬいぐるみを噛む犬、こちらを見て微笑む母、外を走る犬……。
時々、犬の写真にはさまって母の自撮り写真がまざっている。
携帯ではなくiPadで撮ったもののせいか、
女子高生などのものと比べて重みがある。
犬ともちがう。
重厚感のある母の顔が、ふとした瞬間こちらを見ている。
私の元にグラタンセットが、母の元にスープカレーがやってきて、
お互いの生活のことなどだらだら話す。数十分。
わたしの方にだけデザートがついていて、羽田空港で
ソフトクリームの乗ったアイスコーヒーを飲んでいたわたしは
その3分の2を母にあげた。
「いらんで、ひろこが食べや。」
と言いつつもこちらが差し出すとうれしそうにカレーのスプーンを刺す母の手元のカレーには
まだごろごろの人参と茄子が残っていた。
「食べんが? 人参と茄子。」 と聞くと、
「イヤだ! 食べたくない!」 と母。
あまりにまっすぐでかたくなな様子に、
「もしかして、にんじんと茄子、キライなが?」 と聞くと、
「うん。嫌い。」 と素直に母は答えた。
わたしの知っている母は何でも食べる。
何でも食べてわたしの好き嫌いに「ぜんぶ食べや。」と諭していた。
そうか、母の並々ならぬ努力。
まだまだ知らないお母さんがいるらしい。
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