2020年6月28日

悩みがあるのだが

悩みがある。

朝の6時台に、隣のマンションの住人が玄関の扉を開け、
数人が大きな声で行ってらっしゃいとか、
はたまた子どもが行かないでと泣き叫ぶなどを繰り広げるのだ。

それで、起きる。

平日は毎日だ。

6時台は、早いのではないだろうか?

友人・浅野に相談する。

「それは、やだねぇ。たしかに6時は非常識と言っていいかもねぇ。」
「だけど、やだって言いづらいね。行ってらっしゃいってすごく幸せな光景じゃん。」

といいつつ、浅野はふたつの案を提案してくれた。

その1、
早く起きる。
先方より早く起きる。
「早起きになっていいかもしれないよ、ハマー」

その2、行ってらっしゃいと言う。
そちらの朝の放たれる大きな音によって起きてしまっていますよ、
やめてほしいですよ、ということをアピールするため、
行ってらっしゃいの儀式が行なわれているときに私も玄関から顔を出して行ってらっしゃいという。
「3日くらい続けたらやばい人だと思われて、こそこそしてくれるかもよ?」

ふむ。

その1に関して。
私もその案を考えてはいたが、改めて友人が提案してくれるとなんだか底知れない喜びを感じた。

その2に関して。
これは、問題がある。まず、起き抜けにそれほどの瞬発力がないこと。
主に子どもの声で目を覚まし、事態を把握するのに数秒。それからベッドから身体を起こすのにおそらく1分近くかかる。そして立ち上がり、玄関まで行って扉を開き行ってらっしゃいを言う。その頃にはお父さんだか誰かはすでに駐車場あたりまで辿り着いているか、車のドアに手をかけているか、少なくとも隣の玄関周りには誰もいないだろう。私は幻の存在に行ってらっしゃいを言う奇妙なフェアリーとしてマンション史に名を残す。

その2についてはもうひとつ、問題がある。
仮に私の行ってらっしゃいが間に合った場合、
見知らぬ人から行ってらっしゃいを言われたお父さんはきっと戸惑うだろう。
髪がボサボサで、上の服を下のズボンにインした形でパジャマを着こなす名前さえ知らない女に恐怖すら覚えるかもしれない。
それでも……、「行ってきます。」と言うと思うのだ。彼は。
あまりのとっさの出来事には、習慣が勝ると思うのだ。
いかに見ず知らずの、あやしく、初対面の人間であろうと、
「行ってらっしゃい!」と突然言われたからにはこう返すと思うのだ、
「行ってきます。」。私はその(私から見ても)見ず知らずの男性から恐怖あるいは戸惑いの表情を浮かべながら行ってきますと言われるのが極端にいやだ。すごくいやだ。予想するだけでいやだ。

今、5時半に起きている。




↑TOP

2020年6月21日

本を読んだ友だち

5月の日記から抜粋の5月◯日

昨日の夜に思いついて、木曜日しか販売していないロールケーキを買いに行くことにした。マスクをつくってくれた友人に、お礼もかねて「ロールケーキ買っていくよ」と連絡した。店は12時〜、駐車場がないこともあって11時55分を目指してついたら長蛇の列。ロールケーキを求めて、ロールを描きそうな人の列。20分並んだが、7〜8人先の人で売り切れる。「売り切れたわ〜」という誰かの声で気づく(本を読んでいたため)。結果、ただ手ぶらで友人の家に行く。やはり人から淹れてもらったカフェオレは美味しく、おかわりを求めた。

------------------------

『本を読んだ友だち』

「ロールケーキ、買えんかった・・・」無念の電話を、ロールケーキ屋の前からかける。「えっ、そうながや、全然いいで!」と友人はへっちゃら。そりゃそうか、私が勝手に思いついて、私が勝手にもちかけた計画だ。「どうしよう、」当初の目的"ロールケーキを買って持って行く"がなくなった今、もう帰ろうかと思う。友人「私はどちらでも!」そりゃそうだ、(以下リピート)。「でも、」と友人は言う。「ちょうど私もひろじに会いたいと思いよったがよね〜。喋りたいことがあって。」

その"喋りたいこと"は何か聞くと、
読み終わったばかりの本の感想なのだった。

西加奈子・著『サラバ!』
2014年11月3日に刊行され、その当時に私も読んだ本を、
今読み終えた友人が感想を話したいと言っている。

手ぶらだがなんとなく行くことにした。電話でもいいような気もするが、友人の声からは直接でないといけないような切迫した空気を感じた。

たどり着いた友人の住むマンションの号数が思い出せず、
私は2つに絞った候補の家の前で匂いを嗅ぎ、
こちらだと思った方のピンポンを押した。
すると部屋着+メガネの、オフスタイルのよっちゃんが扉を開いた。
私が座布団の上に座ると同時にはじまったその感想は、
一言で言うと、熱かった。

「なんか、、なに!?」
「ほんとに、すごいなと思った!」
「なんかね~とにかくね~ひろじに言いたい!」
「途中までは主人公と同じ気持ちよねぇ!」
「あなたの買った家だよ!?」
「なんでそんなに許せるのか、みたいな感じやって。」
「最終まで読んだらこういう背景かとわかったがやけど、」
「なんか、対比!?」
「幸せにならんどこうと思ったこの人が何をやっても幸せやったが!」
「けんど、絶対に幸せになってやるって思ったこの人が幸せになれんかったが!」
「この、対極とか!ねぇ、すごくない!!?」

そしてその興奮を止ませようとすることもなく友人は

「西加奈子さんはいつもこういう話なが!?」

と私に問う。
・・・こういう、、って?

「こう、、割とこう、、
人間描写っていうか、日常っていうか、、!」

私は思う。
小説って大体そうなんじゃ?

「そうなんじゃ?」

あ、ごめんごめん、つい頭の中で書いた文章をそのまま口に出してしまったみたい。

「そうなんじゃ、クエスチョン!」

そうして友人は、ひとつのひらめきにたどり着く。

「私、小説読んだことないかも。」

*小説:作者の奔放な構想力によって、登場する人物の言動や彼等を取り巻く環境・風土の描写を通じ、非日常的な世界に読者を誘い込むことを目的とする散文学。(新明解国語辞典第5版より抜粋)

いや、まったく読んでいないと言ったらウソになる。
だけど思えば中高時代、よっちゃんが前のめりに読んでいたのはハリーポッターだった。
(それはよっちゃんだけじゃなかったけど。)
彼女がそれ以外の本を読んでいるのを教科書以外では見たことがない。

「私、本読んでこんかったきこんな語彙力がないがや!」
「もっと昔から本読んじょったらなんか、私、違う人生になっちょったかもしれん!!」

よっちゃんは今、小説を読み始めた。
ファンタジーより現実味を帯びた「本」に面白さを感じ始めているそうだ。
私はむしろ逆で、今こそファンタジーを求めてる。私はつづけて言った。

「学生時代、ハリーポッターも読もうと思ったけど、
途中でやめてしもうた。なんか、追えんかったがよね。」

と言うと

「ハリーを?」

とよっちゃんは言った。
私が言ったのは文章の意だったが、
友人の瞳の中にはまだ学生時代に培った魔法の火が根強く灯っているのだった。

 

 

↑TOP

2020年6月14日

ぺらぺらの5月(日記)


5月◯日

淋しいって、すごく嬉しいってことだったんだ。

5月◯日

いとこからゲームを借りるため、久々の早起き。
用事があり、法務局へ。重鎮のような人物が「それでは私が教えてさしあげましょう」という雰囲気で現れるときのワクワクたるや。
帰路の途中、公園でアイスカフェオレとチーズドッグを食べた。

5月◯日

朝、前につくって冷凍しておいたパンケーキを食べたような気もする、覚えていない。白湯を飲んですぐ冒険(いとこから借りたゲーム)。すると午後未明、セーブしたデータが消えてしまう。いとこが残していたセーブデータがかろうじて残っていたので、そこからやり直すが、夜、そのデータも消える。
昼はオムライスをつくる。
夜は味噌汁、ごはん、昆布の佃煮と海苔。

5月◯日

メイちゃんの誕生日。旦那さんが母の日「メイにもあげたい」といって、花もプレゼントしてくれたそう。いい話—。私は昨日メイちゃんから問い合わせを受けた、子供におすすめの歌の伴奏を録音して歌詞と合わせてメールで送る。データをプレゼント。

5月◯日

散歩で見つけた花屋で、母の日の花を買う。
◎買った植物メモ/ゆうぎりそう、ブプレウム
花屋の人からやんわりと「ご高齢ならいいけれど、少し地味では?」と提案を受けたので、一本ピンク色のカーネーションも足した。

5月◯日

もう起こらないと思っていた「何もできなくなる」が発症する。
夕方、ぽとぽと漫画を持ってきて読んでいたらその中に餃子をつくるシーンがでてきて、このままだと何も食べないで一日が終わると思ったので友人に「餃子いっしょにつくらない?」とラインする。快諾の返事。
ようやく立ち上がり、生まれて初めて餃子の皮をつくる決心をする。
いつだったか、「皮からつくらない餃子は餃子じゃない」と伊丹十三がいっていたことがずっと胸につかえていた。
我が家にやってきた友人に、具の方を頼み、私はとにかく皮に専念する。
本当は強力粉もあったほうがよいのだが、強力粉を買ったところで今後強力粉が活躍する場面があるか自信がなかったので、今回は薄力粉だけでつくる。
包む段になってはじめて二人で作業を開始したが、皮が、やわらかい。
何をつくっているのか分からなくなる。

かろうじて包めた完成品を
「餃子みたい!」と言った友人も同じ気持ちだと知る。それは禁句だと思う。

無口で餃子をつくったり無口でひたすら餃子を食べたりする。元気がでた。

5月◯日

餃子のタネが余っていたのでまた餃子をつくった。
つくりながら、「今度は餃子の皮が余ったので明日を餃子をつくるかもしれない。loopな気持ち」と呟こうと考える。結果使い切れたので呟かなかった。

5月◯日

友達の職場に新しくやってきた人が
すごく新しいことを考えていたり
やる気のある人だと分かったという話を聞いた。
もう一人新しく来た人は、そのもう一方の人の話を聞いて、
「俺なんて毎日、クローゼットの中をどう片付けるかしか考えてないっすよー!」と言っていたらしい。私はその話を聞いて、ああ新しい人と出会うっていいなと思った。

5月◯日

不燃ゴミの日がひと月のなかで一番パワーを使う。

5月◯日

食べたもの:パルム(アイス)、焼きそば、雪の宿、パルム(アイス)、味噌汁

5月◯日

芝居をしていたときでもこんなに聞いたことがないというぐらい「群像劇」というワードをたくさん聞いた。RPG(ロールプレイングゲーム)の説明をしてくれる、いとこの口から。

5月◯日

ノーマルなパンツも略したらノーパンだ。

5月◯日

元気がないなぁと思っていたけど、眠いだけかもしれない。春!

5月◯日

18:00頃、堀川夫妻からLINE電話。
はなから動画通話でかかってきた。
かけてきたのに、二人は夕飯を食べている。
「そろそろ、かけ時かな〜と思って〜〜」と言いながら、
なすの味噌炒めとフライドチキンとピーマンの炒めものとサラダ。
いや、メニューじゃなくて二人は夕飯中に私にライン電話をかけてきてる。
家族でもなかなかしない行為だ。
私もバランスをとるためパルムのアイスを食べた。

5月◯日

ちょうど日が昇るころに腹痛にみまわれ起床。どうして。
また寝て起きたら13:11だった。よく寝る。

5月◯日

ホイップクリームを買ってきて泡立てる。
ホットケーキ、さしみこんにゃく、コーヒーという我ながらどうかと思う組合せ。さらにその後ビールを飲む。アルコールは夜より昼がよい、気持ち的に。
「ビッグバード、嘘発見器にかけられる」という動画を見る。セサミは味方。

5月◯日

今日は昼過ぎに起き、活動時間が限られていたため一度もゲームをしなかった。
喜んでいいことなのか。

5月◯日

早朝から何度か起きていたように思うが、あまりに曖昧で
夢かもしれない。昨日は急いで眠ったので朝、お風呂に。
またホットドッグ。今週はホットドッグを3回食べたことになる。
ウインナーの味に疑問をもち始めたので、ウインナーも自家製がいいのかもしれない(食べるなら)。「スーパー8」観る。勇気のある少年。
50分散歩。戻って1時間ピアノ。20時〜ごはん。その後くみさんと電話。
くみさんが「私も見るよ」と言ってくれたのですでに見た映画を、昨日も今日も見る。今週で言ったら3回、トータルでいったら4回みたことになる。
返却時間ギリギリまで映画を見たためか、朝6時まで眠れず、深夜4時にはちみつトーストを食べた。

5月◯日

「お相手さん」っていい方、面白い。

5月◯日

日々、好きな人との会話の録音を家で一人で聞いてニヤニヤしている私ってただの変態なのではないかと思いあたる。しかも相手が録音を知らない場合もあるので、なおのこと。(ラジオをつくるためという大義名分もある)

5月◯日

くみさんと話していると、俳優の素質ってミューズ感なのではないかと思う。必須ではなくても。くみさんのほんの一言で、すごくやる気が出たりする。いや、一人でもやる気溢れておれ!という感もあるけど、それでも。ミューズの力たるや。一人でやる作業も好きだけど、人とつくるのも好き。

5月◯日

昨日の夜に思いついて、木曜日しか販売していないロールケーキを買いに行くことにした。マスクをつくってくれた友人に、お礼もかねて「ロールケーキ買っていくよ」と連絡した。店は12時〜、駐車場がないこともあって11時55分を目指してついたら長蛇の列。ロールケーキを求めて、ロールを描きそうな人の列。20分並んだが、7〜8人先の人で売り切れる。「売り切れたわ〜」という誰かの声で気づく(本を読んでいたため)。結果、ただ手ぶらで友人の家に行く。やはり人から淹れてもらったカフェオレは美味しく、おかわりを求めた。

5月◯日

昨日は久々に元気がなかった。
たしかけっこう長くRPGをやった気がする。
1時間の散歩はした。
あと個人商店で、そら豆とうるめを買って、夜焼いて食べた。
私は魚に詳しくないので「これはどうやって食べるんですか?」といちいち聞いてる。「焼いてもいいし、あとは、す×××もいいね」と言われ、「吸い物?」と聞き返すと「ちがう! すぅ〜(酢)のもの!」と返ってきた。ドキドキして保存に関しての質問をし忘れた。まだまだ発展が途上。

5月◯日

携帯を見ると11時11分だったからうれしくなり部屋の中を駆け巡ったら家具の角で足の小指を打ち、今日は靴下もはけない。

5月◯日

今日は久々に近所でエビフライ定食を食べる。帰ってから衣の中身が前のエビと変わっていたことに気づく。でも久々に洋食らしい洋食を食べて、美味しかった。

5月◯日

久しぶりに母と会う。瞳を潤ませて「お母さん、好きな人ができたかもしれん……」という。「えっ、誰!?」と聞くと「ビル・ゲイツ。」とのこと。娘にできることは「そうか。」と言うだけ。

5月◯日

とりあえずポパイの「いいデートしてる?」号を捨てた。

5月◯日

図書館の人からついに「いつもありがとうございます」と言われる。


↑TOP

2020年6月11日

山田

友達が「何もしてないってことはないよ」と言う。
わたしはそれを近くにある紙にメモする。「なにも、してない、ことは、ない」
するとそれを見た友達が、「たしか昔も喫茶店でそうやってメモしてたね」と言い、私はたしかいつかも誰かが私に「何もしてないときはない」と言ってくれたことを思い出す。山田だ。



山田は大学1年のとき、第2外国語で選択していた中国語の授業で出会った。
山田は秋田から出てきたばかりの男で、私たちは何がどうかはよく分からないけどとにかくなんとなく気が合い、多分いろんな話をした。
高校時代の名残で唯一ドッキリ誕生日会を企画し開催したのも大学時代では山田が最初で最後だったと思う。「こんなことは初めてだ」と言っていた。

とにかく大学で出会った男友達の中で、あんなに話をしたのは2人くらいだ。

大学を卒業してすぐの頃、私は失恋をした。
いや、始まってもいなかったので失恋とも呼べない、とにかく気持ちの悪い関係だった。
ある日その人も交えた飲み会があり、
開始が遅かったので朝まで続きそうだったが、私は一緒の場にいることがどうしても辛く、
その場を先に出ることにした。

終電もとうに過ぎた駅前でぼんやりと立って、
そういえばこの駅は山田の家からそう離れてはいないんじゃないかと思った。
当時はスマートフォンもないご時世だったので、
私は携帯電話で、山田に電話をかけた。
覚えていないけど、それで、山田の家までの道を聞いたんだと思う。
たしか環七だか環八だかの大きな道をただまっすぐ
お気に入りのソニーのウォークマンで、
当時好きだった音楽を爆音で聴きながら
山田の家まで歩いた。1時間以上かかったような気もする。
見覚えのある白いマンションに辿りついて、
私は山田の家に入り、山田の部屋のベッドで、大量に泣いた。
今となってはよくもあんなに泣けたものだなと思うくらい泣いた。

数年後、あのときのことを振り返って
「山田、あのとき、ずっと背中向けて机でパソコンつついてたよね」
と言うと、
「なに言ってんだ、あれは、音楽を選んでたんだ」
と山田は言った。

ビル・エヴァンスだったそうだ。
ひたすら泣いていた私は音楽が流れていることさえ気づかなかった。
今はあのときのように泣くこともなくなった。
あのときあんなに泣いたから、かもしれない。


↑TOP

2020年5月28日

【6コマまんが】浅野と私はお笑いともだち(最終回)

★ 前回のつづきです ★






 

 

 

 

 

 

↑TOP

2020年5月21日

深夜のホットドッグ

夜三時
昨日も朝五時まで眠れなかった。今日も二十分ほどは眠れたらしいが
目が覚めてしまって二日目ともなると開き直り、昨日四時に行った行為
ベランダに出てUFOを探す、をする。昨日は二機見れたが今日は一機
も見られなかった。五分も外にいないのだから仕方ない。部屋の中に入り、
ホットドッグをつくることにする。キャベツを刻みながら 何をしてるんだろう とか
寝ろ! といういくつかの声が聞こえるがいつか未来の深夜、大切な人が眠れ
ず困っているときに深夜レシピ、などと言ってこのホットドッグをつくるところを考え、
いや、こんなに眠い中でつくるレシピが何の記憶/記録に値するもの
かというような文章を頭の中で書きながら手はホットドッグをつくりながら
出来上がって食べたホットドッグは予想外に美味しかった。ホットドッグを食
べながら、今世紀一番の眠気がやってくる。このような有様ではどこからが夢で
どこまでが現実か分からなくなりそうだと思いこの文章を残す。
これを明日の私がみたら「ああ あのホットドッグは本当だったんだ。」と思うはず。



☆ホットドッグのポイント☆ 好きなパンとお気に入りのウインナーを使うこと

↑TOP

2020年5月17日

フルーツパーラー修行

友人・プリンケツ久松と行ってみたかったフルーツパーラーに行く。

その日私は高知から東京についたばかりで、
飛行場からそのまま美容院に直行、
そのあと久松とフルーツパーラーに行く予定を立てていた。

美容院でのカットが完璧に終わり、移動する前に久松に電話。
すると、
「これから行くフルーツパーラーについてネットで調べたら、
子ども連れでもOKだけど、
口コミによると、子どもに厳しいらしい」
という情報を仕入れていた。
母親ともなると用意に抜かりがない。

私は私でスーツケースやらの荷物を久松の家に預けたい願望もあったので、
子供が寝たら現地集合、子供が寝ていなかったから久松家集合にする。
(久松の家はそのフルーツパーラーから徒歩圏内)

「今寝たき、現地集合で!」

とラインがきて、飛行場についたそのままの状態でフルーツパーラーに向かう。
建物前には、がっつり寝た子どもを連れた久松、用意は万端。
いざ!
と入ろうとすると入り口に「大きなお荷物の持ち込みは厳禁」と書かれていた。
私はスーツケースと、フォークギターと、なんならイケアの青い袋を肩からかけている。
子供は寝ているし荷物も静かだが、大きさだけはごまかせない。
二人+赤子で立ち尽くす。

眠る子供を連れ、私たちはしぶしぶ久松の家に戻る。
フルーツパーラーでだけは怒られたくない。
荷物を置いて再び出陣。
子供が起きる。

改めてたどり着いたフルーツパーラーの建物。
店のある階へと登っていくと、
入り口の前には「携帯電話の使用は厳禁」「禁煙です」
「店内で待ち合わせはできません」「店内での通話はご遠慮ください」
「香りの強い香料を御使用のお客様の入店をお断りする場合があります」
などなどなど、主に赤青黒の3色で手書きされた
大量の張り紙が貼られているのだった。若干重複するものもふくめて。

家からここまでくる道中で、久松が教えてくれた。
「子供スナックの持ち込みもダメらしくって、
子供用には、すぐ出てくる、100円のバナナがあるんだって」

人類の起源はサルだと信じて疑わない店主なのだろうか。

そして店内で、ぐずり始めた子供の様子を見て、瞬時に「バナナをください」と注文した友人の適応能力に私は感動すら覚える。

私たち人間は苺パフェとアボカドトーストを注文した。
デザートも主食も食べたい年ごろなのだ。
パフェは分けられたらと思っていて、
「スプーン、ふたついただいてもいいですか?」
と聞くと、若い女性店員から
「あまりシェアをすすめていないので、
スプーンはひとつしかおつけできません」
と言われそもそも硬くしていた背中に緊張が走る。

イメージしてみる。

ひとつのスプーンでひとつのパフェを食べる。

距離が、近すぎる行為ではないか。

いくら中高同じ学校で過ごしたからといって、
それから10年以上の時が経っている。気にかかることも増えた。

「私、平気で」
という久松に、私は大人になってから新たな「好き」を加える。

しかしそこにやってきた子ども用のバナナにフォークがついてきていて、
「フォークだ!!!」
と私たちは歓喜する。
「私、これでパフェ食べるよ!」
と友人はフルーツパーラーで叫ぶ。

(叫ぶのは厳禁、という張り紙はなかった。)

数十分後、一足先にアボカドトーストがやってきて、
パンの上に乗せられているだけの柔らかいアボカドがパンの上を滑り、
ぽろぽろと堕ちる。「フォークがあれば」と思うけれども
さきほどの厳粛な態度を思えば「フォークをください」と聞く事ができない。
子供が泣いたらバナナを強いる、
人類の起源は猿だと疑わない店主だ。
つるつる滑るアボカドも「指でつまむことをおすすめしております」と言われかねない。
赤子の使っているフォークはこの先、久松がパフェ用に使うことになっている。
その間にもアボカドはオイルにまみれパンの上を戯れ
私の指はマヨネーズなどで濡れる。
店員の様子を5分ほど伺い、
本日最大の勇気でやはり聞いてみることにする。
「パンの上のアボカドをすくいたいのでフォークをください」と言う。
きちんと理由を言ったところがポイントだ。
するとすんなり、フォークをくれる。

人のこだわりは読めない、と思う。いつだって。

いったんは安心したものの、
今後、まだ何が起こるかわからない。
次、いつ来るか分からないパフェに備えて、
私はトーストで使ったフォークを机の下で握りしめたまま、
数十分間のおしゃべりにいそしんだ。


(2020年2月)

↑TOP

2020年5月10日

ぼろぼろからもタンポポ(4月の日記)



ここのところ、歩いてるときはアラジンのサントラをずっと聞いてる。
悪役もすごくいい声をしてる。
色々とひしがれている私に
やることは、やって
とくみさんは言ってくれる。
この人は私の嫁だと思う。
コロナは、ウソや。
その表現はいかがかと思うけれど、
そう言える父が誇らしいとも思う。
なかったことにするのでもない、
ただ希望を抱くのでもない、
無視するのでもない、
ただ受け入れて、それから希望を抱くこと。

高校3年生のとき、定期演奏会のパンフレットに寄せた文章。
「初めに、大きな支えとなってくれた母に、導いて下さった先生方に、いつも助けて下さった先輩方に、クラブを共にしてくれた後輩達、温かく見守ってくれたすべての人に感謝します。本当にありがとうございました。(中略)6年間、特にこの1年は辛く苦しいことの連続でした。でも、仲間と共に悩み、考え、音楽を作り、一生懸命に過ごせたこと、幸せに思います。そして、伝わらなかった思いは時を越え、いつか届くと信じたいです。」
もうこういうのは終わり。

〜=〜=〜=〜=〜=〜=〜=〜=〜=〜=〜=〜=〜

4月某日
「あんた、今、"打ち上げられた何か"みたいになってるよ。」
わたしはいつも、そして大事なとき、人が近くにいてくれることを本当にありがたく思う。話をしたとき、人の「うん」という声ってこんなに美しい響きだっけと初めてのような気分になる。
そして改めて携帯の画面に映った自分の顔を見て、友人が表してくれた私の状態の表現が的確であると知る。
"打ち上げられた"というのは空にじゃなくて多分海辺。

4月某日
朝 ドーナツ1個
昼 ドーナツ1個
夜 焼肉

4月某日
くみさんとラジオの打ち合わせ。
私「じゃ次の打ち合わせ、いつにします?」
くみさん「どうしよかー」
私「ちょっと手帳見てみますね。。あ!何も予定がない!」
(手帳を、開く、ただの癖!)

4月某日
モトキさんが借りるものを取りに家にやってくる。椅子に座り、部屋を見渡し「この家には、何かが足りない……」というので「へ?何?」と聞くと「生命。」と言って帰っていった。

4月某日
昼 味噌汁
夜 味噌汁

4月某日
冷蔵庫の野菜がキャベツだけになったので、八百屋に行くと、
帰りに、道の上で翼を広げたままの鳥が動けなくなっていた。




「・・・翼を広げたままの、鳥・・・!」
かがんで様子を見ると、パチ、パチ、まばたきをしている。お腹も膨らんだりして息もしているのでしっかりと生きているらしい。
「どうしよう・・・」かがんで鳥を見つめて「どうしたい・・・?」と尋ねる。
鳥はパチパチとまばたきをするばかり。
生きているのだからそれを土の上に移動したって何にもならない。
(私は夏に、コンクリートの上で昇天したセミを土の上に移動させるという地味な活動をしてる)

鳥の言葉がわかればな!と思いながらも、ピーともスンとも言わないのだからどちらかというと必要なのはテレパシー。数分ほど見つめあってもラチがあかないので立ち上がり、意を決して、鳥が動けなくなっているところから5cmと離れていない、つまりすぐそばの店に入店する。もし怒られても「敷地内、」というお守りがある。

「すみませ〜ん」そこは薄暗い骨董屋。所狭しと物が置いているタイプではなく、わりと空間をあけて大きめの古道具だけが置かれている。そこから左に目を向けると、簡単な仕切りで区切られたTVなど置かれた商談スペースらしき空間があり、そこに鎮座していたらしき店主(50代・男性)がのっそりと姿を見せた。私は状況(といっても、「店の前で鳥が動けなくなってます」ということのみ)を説明し、店主を店の外へ誘導。私の期待では、店主の年の功で、「おお、鳥か。この鳥がこういう状況に陥っている場合、これをこうして、あれをどうして」とすばやい解決法を伝授されることをイメージしていたが、「どうしようか・・・」。まさか道路上で立ち往生する人間が2人に増えただけだった。それでも、その店主がいとも簡単に手で鳥をすくい上げたところで状況は少し進展をみせた。

「おまん、飼うちゃれや〜」

そうだ、土佐弁で「お前」を「おまん」というんだった。と私は全く関係ないことを考える。

「猫がきたら、食われるかもしれんきね〜」

なるほど、そうか。さすが骨董屋店主。
たしかにそれはそうだと思い、私はひとまず、その鳥を道路からわが家へと移動することにした。
何より大切なのは生命!そうして去り際、丸い背中で鳥を抱えて去る私に骨董屋店主が言った。
「その鳥、幸せにしちゃったら、あんたに幸せがかえってくるかもしれんで〜!」
・・・見返り・・・!?
(*)

4月某日
上の服を一日中前後ろ逆に着ていた。

4月某日
また上の服を一日中前後逆に着ていた。

4月某日
公園まで散歩し、友人とコーヒーを飲む。
珍しい犬を連れたおじさんに何犬ですかと聞いたら
「雑種とマルチーズのミックス」、そこから犬の生まれた月日と年齢と名前まで教えてくれた。
さらに遊具に手をかけていた私たちに「はよ、うんていして。」とおじさんは指図し、私たちはそれはスルーした。

4月某日
映画を見た後、洗面台で鏡を見ると自分の顔が土の色をしていて驚く。
顔に土でも塗ったのかと考えてみるけど、家にある土はすべて愛する観葉植物に捧げてる。

4月某日
お父さんと会う。
「コロナは、嘘です」
その表現はいかがかと思うけれど、持論をまっすぐ語る父を私は面白いと思う。
30歳を越えてから父親と交流をもてるようになった。
4歳くらいまでの写真をもっていき、ほしいものがないか見てもらう。
父の選んだ4枚のうちの1枚。

父はこんなことも言っていた。
「一度受け入れる。一度受け入れてから、希望をもつこと。」

4月某日
起きて、2時間お風呂にはいる。
2時間散歩する。
昼にビール、夜は本搾りを飲む。
夜また1時間半くらいお風呂に入る。
本を2冊読む。

4月某日
私たちはもう完璧だよって泣きながら笑いながら言いたい。

4月某日
1時間半、散歩。スーパーで色々買う。

4月某日
DVD一本見てツタヤに。1時間半歩く。食パン3枚買う。アンチョビとトマトの缶詰も。また帰って少し映画を見る。夜、冷蔵庫に残っていた最後のビールを飲む。自転車を飛ばす。また朝5時まで起きている。朝はやっぱり美しかった。

4月某日
夜、豚汁と納豆とご飯と海苔とハイボール。
電子ピアノでモーツァルトを弾いていたら眠くなる。

4月某日
川を見ながらホールニューワールド聴いてる。
エブリターンイズサプライズ。

4月某日
野菜「豆苗」とDVD「四畳半神話大系」が2度目の観察に突入する。


(*)鳥を保護した場合は、すみやかに役所に連絡することが必要らしい。本来はできるだけ保護もしないのがベター。野鳥は捕獲や飼育することが禁じられている。止むを得ず保護した場合は環境(場所・温度・明るさ)だけを整えてあげる。あとは何もしない。エサや水分をあげてしまうのは法に反する行為らしい。あやうく固めにゆでた卵をあげてしまうところだった。役所からの折り返しの連絡を待っている間、あせってしまって卵をゆでてしまっていたから。セーフ。市役所に連絡して1時間ほどすると担当の人が来てくれた。鳥を渡して「このあとどうなるんですか?」と聞くと、かの「わんぱーくこうち」に連れていくのだとか。そこに獣医がいるらしく、治療なり面倒なりをみてもらえるらしい。さらにその後は、「わんぱーくこうち」の仲間になるか、あるいは本来の野鳥として放たれるのだそう。そんな役割も果たしていたなんて、すごいわんぱーく。

↑TOP

2020年5月4日

【6コマまんが】浅野と私はお笑いともだち(全2話)












↑TOP

2020年4月26日

同じ朝にみた夢

いろんな場所にいった。
覚えていることといえば
あるときは図書館で司書の人の前で急にギターで弾き語りをした。
後ろにならんでいる女の子が喜んでいたので、ハイタッチをしようとしたら
お父さんが怪訝な顔をしていて、そうだ今は流行のコロナであれであまり接触はよくないんだと思い出し、やんわり微笑んだ。

あるときはバスに乗っていて一番前の席で立ち上がり、またギターで弾き語りをした。
ひとつ後ろの席に乗っていた友人が立ち上がって
(バスにつけるタイプの)マイクを持って
バスガイドのようなことをはじめ、
「今日のこのバスは、伝説になるかもしれません。」
と言った。

あるときはクライミングに挑戦し、背の高い友人が体を伸ばして登る様は面白いと思った。
今はもう会わなくなった男友達が登りきったところで「上の子は将来フェリーを譲り受けるらしい、一番下の三男はなんとかかんとか、、」と奥さんが占いで仕入れた確かな情報を言っていて、私は何を間違えたんだろうと考えていた。

あるときは夜23時で、野球のナイターを見に行っていた。見ているシーンはなくて、見に行こうとしているシーンが3日ほど続いた。野球場までの道のりに公園のグラウンドがあり、そこで初めてデートをした1つ年下の男の子(小学生のまま)がサッカーをやっていた。ボールがぶつかって「だからサッカーって嫌い!」と叫んだ。そのあとその子は一緒に野球を見に来た。

あるときはどこかの部屋で、冷蔵庫の背中がむき出しで見えていた。起きてから冷蔵庫の背中が見えていたのはどこだっけと考えた。あの人の家だ。

どうして何を間違ったとか考えてしまうんだろう。
そんなこと、考えなくていいのに。





↑TOP