2020年5月28日

【6コマまんが】浅野と私はお笑いともだち(最終回)

★ 前回のつづきです ★






 

 

 

 

 

 

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2020年5月21日

深夜のホットドッグ

夜三時
昨日も朝五時まで眠れなかった。今日も二十分ほどは眠れたらしいが
目が覚めてしまって二日目ともなると開き直り、昨日四時に行った行為
ベランダに出てUFOを探す、をする。昨日は二機見れたが今日は一機
も見られなかった。五分も外にいないのだから仕方ない。部屋の中に入り、
ホットドッグをつくることにする。キャベツを刻みながら 何をしてるんだろう とか
寝ろ! といういくつかの声が聞こえるがいつか未来の深夜、大切な人が眠れ
ず困っているときに深夜レシピ、などと言ってこのホットドッグをつくるところを考え、
いや、こんなに眠い中でつくるレシピが何の記憶/記録に値するもの
かというような文章を頭の中で書きながら手はホットドッグをつくりながら
出来上がって食べたホットドッグは予想外に美味しかった。ホットドッグを食
べながら、今世紀一番の眠気がやってくる。このような有様ではどこからが夢で
どこまでが現実か分からなくなりそうだと思いこの文章を残す。
これを明日の私がみたら「ああ あのホットドッグは本当だったんだ。」と思うはず。



☆ホットドッグのポイント☆ 好きなパンとお気に入りのウインナーを使うこと

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2020年5月17日

フルーツパーラー修行

友人・プリンケツ久松と行ってみたかったフルーツパーラーに行く。

その日私は高知から東京についたばかりで、
飛行場からそのまま美容院に直行、
そのあと久松とフルーツパーラーに行く予定を立てていた。

美容院でのカットが完璧に終わり、移動する前に久松に電話。
すると、
「これから行くフルーツパーラーについてネットで調べたら、
子ども連れでもOKだけど、
口コミによると、子どもに厳しいらしい」
という情報を仕入れていた。
母親ともなると用意に抜かりがない。

私は私でスーツケースやらの荷物を久松の家に預けたい願望もあったので、
子供が寝たら現地集合、子供が寝ていなかったから久松家集合にする。
(久松の家はそのフルーツパーラーから徒歩圏内)

「今寝たき、現地集合で!」

とラインがきて、飛行場についたそのままの状態でフルーツパーラーに向かう。
建物前には、がっつり寝た子どもを連れた久松、用意は万端。
いざ!
と入ろうとすると入り口に「大きなお荷物の持ち込みは厳禁」と書かれていた。
私はスーツケースと、フォークギターと、なんならイケアの青い袋を肩からかけている。
子供は寝ているし荷物も静かだが、大きさだけはごまかせない。
二人+赤子で立ち尽くす。

眠る子供を連れ、私たちはしぶしぶ久松の家に戻る。
フルーツパーラーでだけは怒られたくない。
荷物を置いて再び出陣。
子供が起きる。

改めてたどり着いたフルーツパーラーの建物。
店のある階へと登っていくと、
入り口の前には「携帯電話の使用は厳禁」「禁煙です」
「店内で待ち合わせはできません」「店内での通話はご遠慮ください」
「香りの強い香料を御使用のお客様の入店をお断りする場合があります」
などなどなど、主に赤青黒の3色で手書きされた
大量の張り紙が貼られているのだった。若干重複するものもふくめて。

家からここまでくる道中で、久松が教えてくれた。
「子供スナックの持ち込みもダメらしくって、
子供用には、すぐ出てくる、100円のバナナがあるんだって」

人類の起源はサルだと信じて疑わない店主なのだろうか。

そして店内で、ぐずり始めた子供の様子を見て、瞬時に「バナナをください」と注文した友人の適応能力に私は感動すら覚える。

私たち人間は苺パフェとアボカドトーストを注文した。
デザートも主食も食べたい年ごろなのだ。
パフェは分けられたらと思っていて、
「スプーン、ふたついただいてもいいですか?」
と聞くと、若い女性店員から
「あまりシェアをすすめていないので、
スプーンはひとつしかおつけできません」
と言われそもそも硬くしていた背中に緊張が走る。

イメージしてみる。

ひとつのスプーンでひとつのパフェを食べる。

距離が、近すぎる行為ではないか。

いくら中高同じ学校で過ごしたからといって、
それから10年以上の時が経っている。気にかかることも増えた。

「私、平気で」
という久松に、私は大人になってから新たな「好き」を加える。

しかしそこにやってきた子ども用のバナナにフォークがついてきていて、
「フォークだ!!!」
と私たちは歓喜する。
「私、これでパフェ食べるよ!」
と友人はフルーツパーラーで叫ぶ。

(叫ぶのは厳禁、という張り紙はなかった。)

数十分後、一足先にアボカドトーストがやってきて、
パンの上に乗せられているだけの柔らかいアボカドがパンの上を滑り、
ぽろぽろと堕ちる。「フォークがあれば」と思うけれども
さきほどの厳粛な態度を思えば「フォークをください」と聞く事ができない。
子供が泣いたらバナナを強いる、
人類の起源は猿だと疑わない店主だ。
つるつる滑るアボカドも「指でつまむことをおすすめしております」と言われかねない。
赤子の使っているフォークはこの先、久松がパフェ用に使うことになっている。
その間にもアボカドはオイルにまみれパンの上を戯れ
私の指はマヨネーズなどで濡れる。
店員の様子を5分ほど伺い、
本日最大の勇気でやはり聞いてみることにする。
「パンの上のアボカドをすくいたいのでフォークをください」と言う。
きちんと理由を言ったところがポイントだ。
するとすんなり、フォークをくれる。

人のこだわりは読めない、と思う。いつだって。

いったんは安心したものの、
今後、まだ何が起こるかわからない。
次、いつ来るか分からないパフェに備えて、
私はトーストで使ったフォークを机の下で握りしめたまま、
数十分間のおしゃべりにいそしんだ。


(2020年2月)

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2020年5月10日

ぼろぼろからもタンポポ(4月の日記)



ここのところ、歩いてるときはアラジンのサントラをずっと聞いてる。
悪役もすごくいい声をしてる。
色々とひしがれている私に
やることは、やって
とくみさんは言ってくれる。
この人は私の嫁だと思う。
コロナは、ウソや。
その表現はいかがかと思うけれど、
そう言える父が誇らしいとも思う。
なかったことにするのでもない、
ただ希望を抱くのでもない、
無視するのでもない、
ただ受け入れて、それから希望を抱くこと。

高校3年生のとき、定期演奏会のパンフレットに寄せた文章。
「初めに、大きな支えとなってくれた母に、導いて下さった先生方に、いつも助けて下さった先輩方に、クラブを共にしてくれた後輩達、温かく見守ってくれたすべての人に感謝します。本当にありがとうございました。(中略)6年間、特にこの1年は辛く苦しいことの連続でした。でも、仲間と共に悩み、考え、音楽を作り、一生懸命に過ごせたこと、幸せに思います。そして、伝わらなかった思いは時を越え、いつか届くと信じたいです。」
もうこういうのは終わり。

〜=〜=〜=〜=〜=〜=〜=〜=〜=〜=〜=〜=〜

4月某日
「あんた、今、"打ち上げられた何か"みたいになってるよ。」
わたしはいつも、そして大事なとき、人が近くにいてくれることを本当にありがたく思う。話をしたとき、人の「うん」という声ってこんなに美しい響きだっけと初めてのような気分になる。
そして改めて携帯の画面に映った自分の顔を見て、友人が表してくれた私の状態の表現が的確であると知る。
"打ち上げられた"というのは空にじゃなくて多分海辺。

4月某日
朝 ドーナツ1個
昼 ドーナツ1個
夜 焼肉

4月某日
くみさんとラジオの打ち合わせ。
私「じゃ次の打ち合わせ、いつにします?」
くみさん「どうしよかー」
私「ちょっと手帳見てみますね。。あ!何も予定がない!」
(手帳を、開く、ただの癖!)

4月某日
モトキさんが借りるものを取りに家にやってくる。椅子に座り、部屋を見渡し「この家には、何かが足りない……」というので「へ?何?」と聞くと「生命。」と言って帰っていった。

4月某日
昼 味噌汁
夜 味噌汁

4月某日
冷蔵庫の野菜がキャベツだけになったので、八百屋に行くと、
帰りに、道の上で翼を広げたままの鳥が動けなくなっていた。




「・・・翼を広げたままの、鳥・・・!」
かがんで様子を見ると、パチ、パチ、まばたきをしている。お腹も膨らんだりして息もしているのでしっかりと生きているらしい。
「どうしよう・・・」かがんで鳥を見つめて「どうしたい・・・?」と尋ねる。
鳥はパチパチとまばたきをするばかり。
生きているのだからそれを土の上に移動したって何にもならない。
(私は夏に、コンクリートの上で昇天したセミを土の上に移動させるという地味な活動をしてる)

鳥の言葉がわかればな!と思いながらも、ピーともスンとも言わないのだからどちらかというと必要なのはテレパシー。数分ほど見つめあってもラチがあかないので立ち上がり、意を決して、鳥が動けなくなっているところから5cmと離れていない、つまりすぐそばの店に入店する。もし怒られても「敷地内、」というお守りがある。

「すみませ〜ん」そこは薄暗い骨董屋。所狭しと物が置いているタイプではなく、わりと空間をあけて大きめの古道具だけが置かれている。そこから左に目を向けると、簡単な仕切りで区切られたTVなど置かれた商談スペースらしき空間があり、そこに鎮座していたらしき店主(50代・男性)がのっそりと姿を見せた。私は状況(といっても、「店の前で鳥が動けなくなってます」ということのみ)を説明し、店主を店の外へ誘導。私の期待では、店主の年の功で、「おお、鳥か。この鳥がこういう状況に陥っている場合、これをこうして、あれをどうして」とすばやい解決法を伝授されることをイメージしていたが、「どうしようか・・・」。まさか道路上で立ち往生する人間が2人に増えただけだった。それでも、その店主がいとも簡単に手で鳥をすくい上げたところで状況は少し進展をみせた。

「おまん、飼うちゃれや〜」

そうだ、土佐弁で「お前」を「おまん」というんだった。と私は全く関係ないことを考える。

「猫がきたら、食われるかもしれんきね〜」

なるほど、そうか。さすが骨董屋店主。
たしかにそれはそうだと思い、私はひとまず、その鳥を道路からわが家へと移動することにした。
何より大切なのは生命!そうして去り際、丸い背中で鳥を抱えて去る私に骨董屋店主が言った。
「その鳥、幸せにしちゃったら、あんたに幸せがかえってくるかもしれんで〜!」
・・・見返り・・・!?
(*)

4月某日
上の服を一日中前後ろ逆に着ていた。

4月某日
また上の服を一日中前後逆に着ていた。

4月某日
公園まで散歩し、友人とコーヒーを飲む。
珍しい犬を連れたおじさんに何犬ですかと聞いたら
「雑種とマルチーズのミックス」、そこから犬の生まれた月日と年齢と名前まで教えてくれた。
さらに遊具に手をかけていた私たちに「はよ、うんていして。」とおじさんは指図し、私たちはそれはスルーした。

4月某日
映画を見た後、洗面台で鏡を見ると自分の顔が土の色をしていて驚く。
顔に土でも塗ったのかと考えてみるけど、家にある土はすべて愛する観葉植物に捧げてる。

4月某日
お父さんと会う。
「コロナは、嘘です」
その表現はいかがかと思うけれど、持論をまっすぐ語る父を私は面白いと思う。
30歳を越えてから父親と交流をもてるようになった。
4歳くらいまでの写真をもっていき、ほしいものがないか見てもらう。
父の選んだ4枚のうちの1枚。

父はこんなことも言っていた。
「一度受け入れる。一度受け入れてから、希望をもつこと。」

4月某日
起きて、2時間お風呂にはいる。
2時間散歩する。
昼にビール、夜は本搾りを飲む。
夜また1時間半くらいお風呂に入る。
本を2冊読む。

4月某日
私たちはもう完璧だよって泣きながら笑いながら言いたい。

4月某日
1時間半、散歩。スーパーで色々買う。

4月某日
DVD一本見てツタヤに。1時間半歩く。食パン3枚買う。アンチョビとトマトの缶詰も。また帰って少し映画を見る。夜、冷蔵庫に残っていた最後のビールを飲む。自転車を飛ばす。また朝5時まで起きている。朝はやっぱり美しかった。

4月某日
夜、豚汁と納豆とご飯と海苔とハイボール。
電子ピアノでモーツァルトを弾いていたら眠くなる。

4月某日
川を見ながらホールニューワールド聴いてる。
エブリターンイズサプライズ。

4月某日
野菜「豆苗」とDVD「四畳半神話大系」が2度目の観察に突入する。


(*)鳥を保護した場合は、すみやかに役所に連絡することが必要らしい。本来はできるだけ保護もしないのがベター。野鳥は捕獲や飼育することが禁じられている。止むを得ず保護した場合は環境(場所・温度・明るさ)だけを整えてあげる。あとは何もしない。エサや水分をあげてしまうのは法に反する行為らしい。あやうく固めにゆでた卵をあげてしまうところだった。役所からの折り返しの連絡を待っている間、あせってしまって卵をゆでてしまっていたから。セーフ。市役所に連絡して1時間ほどすると担当の人が来てくれた。鳥を渡して「このあとどうなるんですか?」と聞くと、かの「わんぱーくこうち」に連れていくのだとか。そこに獣医がいるらしく、治療なり面倒なりをみてもらえるらしい。さらにその後は、「わんぱーくこうち」の仲間になるか、あるいは本来の野鳥として放たれるのだそう。そんな役割も果たしていたなんて、すごいわんぱーく。

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2020年5月4日

【6コマまんが】浅野と私はお笑いともだち(全2話)












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2020年4月26日

同じ朝にみた夢

いろんな場所にいった。
覚えていることといえば
あるときは図書館で司書の人の前で急にギターで弾き語りをした。
後ろにならんでいる女の子が喜んでいたので、ハイタッチをしようとしたら
お父さんが怪訝な顔をしていて、そうだ今は流行のコロナであれであまり接触はよくないんだと思い出し、やんわり微笑んだ。

あるときはバスに乗っていて一番前の席で立ち上がり、またギターで弾き語りをした。
ひとつ後ろの席に乗っていた友人が立ち上がって
(バスにつけるタイプの)マイクを持って
バスガイドのようなことをはじめ、
「今日のこのバスは、伝説になるかもしれません。」
と言った。

あるときはクライミングに挑戦し、背の高い友人が体を伸ばして登る様は面白いと思った。
今はもう会わなくなった男友達が登りきったところで「上の子は将来フェリーを譲り受けるらしい、一番下の三男はなんとかかんとか、、」と奥さんが占いで仕入れた確かな情報を言っていて、私は何を間違えたんだろうと考えていた。

あるときは夜23時で、野球のナイターを見に行っていた。見ているシーンはなくて、見に行こうとしているシーンが3日ほど続いた。野球場までの道のりに公園のグラウンドがあり、そこで初めてデートをした1つ年下の男の子(小学生のまま)がサッカーをやっていた。ボールがぶつかって「だからサッカーって嫌い!」と叫んだ。そのあとその子は一緒に野球を見に来た。

あるときはどこかの部屋で、冷蔵庫の背中がむき出しで見えていた。起きてから冷蔵庫の背中が見えていたのはどこだっけと考えた。あの人の家だ。

どうして何を間違ったとか考えてしまうんだろう。
そんなこと、考えなくていいのに。





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2020年4月19日

国語の友だち

学校で国語の先生をしている友人と会う。
彼女は、国語という教科を扱っているためか、
人の動詞に関してとても慎重だ。

「〇〇さんが、お倒れになられて、、」
「〇〇先生が、お太りになられたからか、、」
「〇〇先生が、目の前で氷をお噛みになっていらっしゃって、、」

そんなに敬わなくてもいいんじゃないかと思うがやはりそれは彼女の言葉に対する慎重さの表れなのだから聞くに値する。

だけどしばらく時間がたって
リラックスも加わってくると、
"定年退職"を迎える教員のことを、

「完全に終わり。」

と、表現していた。

つまり力を抜いたときのギャップがすごい。やられる。



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2020年4月15日

調律師の人

2020年3月11日(水)

「演奏はされないんですか?」
私は、この調律師の人に、同じ質問をしたことがある。

==

東京や高知をピアノも一緒に移動してもらったことがあり、
なかなかできていなかった調律をした。

なんと20年ぶりらしい。
音楽をやっているものとしては完全に恥ずかしい年数だ。間違いない。
でも今日調律をしたのでチャラになる。よろしくお願いします。

それにしても、調律師さんに調律をしてもらっているときというのは、
依頼側はどのように過ごしていたらいいのかが今ひとつ分からない。
昼寝しようにも熟睡してしまったら困るし、
家事をしようにも先方に絶対音感がある場合、水の音さえ調律の邪魔になる。
結果、傍で静かに本を読む。

『いのち愛しむ、人生キッチン
 〜92歳の現役料理家・タミ先生のみつけた幸福術〜』

 もし無人島に、手提げバッグ1つ分の荷物だけ持って、住むことになったら? そうですね、わたしだったら、籾がらつきの稲、野菜の種、塩と油、それに銅鍋とマッチをバッグに入れていきます。(中略)便利なものがなければ、人は工夫するんです。

 何しろ「手に勝る道具なし」です。わたしたちには、せっかく働き者の手があるのに、手を使わないなんて、もったいないじゃない。
 手で食材に触れて鮮度を見極めたり、手をかざして火の温度を感じたり。それから掌や指で長さを測り、手に持って重さを量ったり……。 せっせと手を働かせ、からだで覚えた積み重ねの感覚は、何年たっても忘れません。
 無人島に行って何もなくても、「このふたつの手という道具があれば、なんとか生きていける」と、のんきにつぶやけますよ。


・・・
ビヨーン、ビヨーン、ミョンミョンミョン、
普段は閉じられた枠が開かれて、ピアノはそもそも弦楽器なのだと思い知らされる。私の一室に、人の手や工夫がないと鳴らない音が響く。しかし1時間半もすればさすがにピアノの調律の音だけが響く空間が沈黙とも感じられるようになってきて、洗面台で手洗いの洗濯をしようとしていた頃、調律が終わる。

「演奏は、されないんですか?」
以前も同じ人に同じ質問をした気がする。
だけど話の導入として聞いてみる。
「いえ、まったく。」
やはり、前回もそう答えていた気がする。
「どうして調律の道に?」
前回は聞いていなかったけど、私の聞きたかったのはこれだと思う。

「高校のときにピアノを習っていて。
高校2〜3年になったら進む道を決めるような雰囲気が出てくるじゃないですか、
そのとき、ピアノの先生に『調律師になったら?』って言われて」
と調律師の人は言った。

「ピアノは小さい頃から?」
「いえ、高校のときだけです」
「じゃ、どうして・・・」
「家にピアノがあって、何か調子がおかしいと思ったら自分でピアノを開いて調整してたんです。それを先生に話したことがあったから、それで」
「自分で、調律を!!」
そう驚くと、調律師の人は、
「はい。家電も分解しまくってましたから。」
と言った。

「・・! 家電まで、修理できるんですね!!」

またも驚いて言うと、

「いえ、家電は分解するだけです。」

「?」

それから調律師の人は言った。

「ネジをゆるめるのが、すきなんです」


———ネジを、ゆるめるのが、好きだから。


ひとつの職業にも、はじまりの場所は人の数だけある。

調律師の人のカバン

 

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2020年4月6日

エッセイだけどほとんど写真


DEKAKERU


太鼓がある。


久々の「淳」。


うん、私も同じ気持ち。


友だちが教えてくれた、岩本寺。の、木。


ひょうたん型じゃないけど、ひょっこり感はある。

それからただ海の動画。

 


畑。


人。


木。


もっと木。




友だちのおじいちゃんが、いつもおばあちゃんを迎えにいっていたというバス停。

ほんでやっぱひたすら海。



友だちは、カニを見つけるのが上手。


カニ。


アート作品っぽい。


知らない間に友だちがハートをみっつ書いていた。


え、なにこれ。

私も海を見ながら海の絵を書いた。


走る。




貝がらかと思ったら、


桜の花びらだった。


題名「ルー?」

飼い主はさながら宝塚のレビュー。


 

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2020年3月31日

みじかいものと苗字(3月の日記)

3月△日
2週間近くルスにしたので、家の掃除。
引っ越し以来1箱、まだダンボールから出していなかった本もすべて出す。
積んでいないだけで、読んでいない本がおぞましい数あることに気づく。


今日、東京で出会ったガジュマルの木が家にやってくる。

3月△日
日曜社へ。日曜社へ行くたびに
「なに〜?今日はお嬢様風やねぇ!」とか「今日は〇〇風」という風に店主が私のファッション寸評をしてくれるので、録音機を回しながら入店してみる。
するとただ「あやしい〜!」と言われたので、録音したデータを削除する。

店主から「何て呼ばれゆう?」と聞かれる。
いろいろとある呼び名を伝えてから、どうしてか聞くと、
「呼び方革命をしていて。」と店主が言う。
“〇〇さん”とか“〇〇くん”とかいうオーソドックスなもの以外で呼びたいということになり、皆に聞いているらしい。

例えばどんなのがあるんですか、と聞くと
「そうやねぇ、、あっくん、とか。あっくん!とか、40代で呼べんろー!!」
と店主はなぜか興奮気味。

私もせっかくだから新しい呼び名にしたいと思い、店主に考えてもらう。
私は「ひろきち」になった。
「ピョン吉、みたいでいいですね。」というと
えー!そんなとこからきてないでー!ぽじてぃぶーーー!
と後ずさりながら言われた。果たしてポジティブなのか。

3月△日
朝おかゆ、昼トマトクリームパスタ、夜パンをピザ風にして食べた

3月△日
今さら、自分の思っていた自分の苗字と、戸籍上の苗字の漢字が、一画ちがうことに気づく。変更はできるのか、市役所に電話すると、昭和56年10月1日から、タイプライターの台頭などにより戸籍上の漢字の整頓がされて、私の知っている本来の苗字の漢字は誤字とされ、今登録されている漢字が正字となったらしい。
「少しだけ、さびしいですね。」
と言ったら
「さびしいですね。」
と返してくれた役所の人に好感。ありがとう。知れてよかった。

3月△日
何をやって6時になっていたのかわからないが、久しぶりにオール(?)ALL(?)表記何? 朝まで店にいた。「これは徹夜といっていいんでしょうか」と店の人に聞いたら「いいでしょう」と言っていたからそうだと思う。徹夜して迎えた朝はとても美しかった。

3月△日
朝パン、昼寿司、夜カレー、そしてビールビールビールテキーラ

3月△日
この3月はこれまでの人生を振り返ったなかでもとにかく家にいることが多かったので、明日遠出をすると思うと興奮してまったく眠れない。眠れないとき、新しい文章がバババーッと頭の中で洪水のように流れ始める。だけど書き起しはしない、眠いから。それに書き起こそうとするととたんに出てこなくなるかまったく別のものになる。不思議だ。たぶん声にしたところで書いたところでそれは同じ。
流れ出る文章と同様に最近あったわけのわからない面白いことも思い出す。
あれってなんだったんだろうと思って笑い出してまた眠れず。

3月△日
一睡もできないまま徳島へ。
ミキティの個展。来週にずらすこともできたけど、3月22日、
なんとなく数字の並びが好きなので今日がいい。一睡もしてないとしても。
安全運転で行く。途中15分間、パーキングエリアで、寝たか寝てないかわからない感じの仮眠をとる。安全運転のため。

店に入ると左奥のテーブル席にミキティが座っていて、
目もあったがよそよそしく会釈される。
これは、さては、最近前髪も切ったし、伊達メガネもかけているから誰か分かっていないな!?と思って中腰でそろそろと近づいていくと
もうすこし手前に立っていた白いワンピースの人が振り返り、それがミキティだった。
私に会釈したのは双子のマキティだった。分かっていなかったのは私のほうだった。

絵ではわかりづらいが、とてもよく似てる。

やっぱり行ってよかった。
友だちの絵が見れるなんて、とても幸せ。
好きなネコや植物が前を向いたタッチで描かれている、
背後からはそれを書いた友だちの声がする。
私は絵を見てる。


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