2019年3月17日

友だちしか伝えられないこと

「トンボいるじゃん。トンボ」
「トンボ?(笑)」
「そう、トンボ(真顔)。トンボの子供はヤゴでしょ。トンボはヤゴからトンボになるでしょ。で、トンボのヤゴの形って全然ちがうじゃん。トンボはこんなに(と言って割り箸をつまむ)細いのに、ヤゴって結構ぶっといでしょう。で、ヤゴって水中にいるんだけどさ、だんだん、羽化が近づくとだんだん、水面に近づくんだって。で、ギリギリまでちかづいてすれすれまできて、陸に登ってから成虫になるんだよ。それでね、トンボの羽、あるでしょ。あれ、実は平らに見えるけど、ちょっと膨らんでるんだって。なかに、シミャクっていう体液がはいってて、ヤゴからトンボになったとき、羽の中に、ヤゴのなかにあった体液を循環させるんだって、それで羽がピンっ!ってなるんだよ。ちゃんと理由が、あるんだよ。すごくない!!!??」
「すごい!」

こんな風にしてマヤちゃんが私に伝えてくれているのは、
-元気が出ないときは、『虫』のことを考えたらいいよ。
ということなのだ。


※ 星や木や花などでも可。



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2019年3月13日

さようなら固定観念

最近「恋愛」のことを考えすぎてるのは
会社ででまぁまぁ大変なことがあった(それはまた別の機会に書く)からだと気づいてからは少し落ちついたけれども、
私は今日も町の一角のカフェで恋愛についての話をする。
公美さんはやたらとNHKオンデマンドで仕入れた情報を揺るぎない自信で語ってくれる。
「500万年後、世界から男性はいなくなる。」
「絶滅危惧種だった***っていう生物の、最後に残ったメスの一匹が急に雄雌同体に変化して6匹子供を産んだの。」
1匹ならまだしも、いきなり6匹ってすごいですね、
という相づちも公美さんには届かない。私は恋人が欲しいんです。
「そんなのいなくていいじゃん、男とか女とか」
-え、それは、友達、ですか?
「どっちだっていいんじゃないの?男でも女でも、パートナーで」
-え、女も?
「うん、どっちでもいいと思ってるよ。はまこ。」
公美さんは私のことをはまこと呼ぶ。私が学生のときから、
すでに公美さんが大ベテランの女優だったころからそう。
「はまこ。固定観念、捨ててこ。」
それでも私は自分の気持ちをなにか伝えなきゃと思う。
「私は、週に1回会えるみたいな恋人が欲しい」
「それ、友達じゃだめなの?」
「でも例えば男の人の家に何度も行ってたらむらむらしてきませんか」
「じゃそれはそれでいいんじゃない?」
「え、体、を?」
「そう、(欲望の)抑制ができないならそれでも」
「でも、女の人はよく体を重ねると情が、、」

「はい!固定観念!!!!!」

・・・・!
・・・固定観念の、鬼!!!

私は今、寝る数十分前なのに睡眠によくないとされる
PCを開いてこれを書いている。固定観念を捨てているからだ。

***
でもあの日、喫茶店で、
公美さんとパートナーになるかも、
と思ったらドキドキしてうまく話せなかった。

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2019年3月3日

2回とか3回とか2人とか3人とか

基本的に好きな人(恋)がいないときがない。
そういう話をすると、ある40代のカメラマン女性から
「それは本当の好きじゃない!一生に好きになるのは2〜3人!」
と言われた。
基本的に人の言うことはそのまま一度は受けとるタイプなので「そうなんだ」と思う。
じゃあ、本当の好きってどんな感じ?(ちなみに私は今34歳)


◯✖️◯✖️◯✖️◯✖️◯✖️◯✖️◯✖️◯✖️◯✖️◯✖️◯✖️◯✖️◯


「一生に好きになるのは2〜3人っていう説をこないだ聞いたんですけど、」

私は今、会社を早退して児玉さんの家にいる。
児玉さんの家は元々奥さんがいて、少し前までは猫もいて、だから広い。
その一室にあるこたつで、私は児玉さんにこないだカメラマンから聞いた説を唱えた。

「そういうん、あるやん」

いつになく大きめの声で、児玉さんは言った。

「そういう、〇〇は何回とか何人とか、
人生にモテ期は3回とかさ、
世の中にそっくりな人が3人いるとか、
そういうんなんかめっちゃ腹立ってんねん」

旬な話題が出せてよかったな〜と私は思った。

「そんなん確証ないやろ。
人生で好きな人が2〜3人て、
10歳で死んだらどうするん」

「やめてくださいそれは」

「そやな」

児玉さんは続ける。

「せやからさ、去年か一昨年か、
いつものメンバーで集まって飲み会があったとき、
モテ期みたいな話になってさ。
俺の番が来たとき『モテ期は1回。生まれてから今まで』って答えたもん」

「・・・。・・・。
 なにそれ、ありなんですか」

「その場でもそうなって、その話終わらせれた」

この人、何かが根深い。
そしてなぜか児玉さんは今も「モテる人」という肩書きを得ている。




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2019年1月21日

1月20日日曜日

1月20日日曜日

目覚ましをかけずに起きて、お風呂の湯をためて入って、
散らかった部屋を片づけたり、昨日取りこんだ洗濯物をたたんだり、
急に煮物をつくったり煮物をつくりはじめてからそうだ煮物って
味しみるのに時間かかるんだったと思い出してまた別の昼食をつくったりしてもう14時とか。
ご飯たべてから少し練習。16時、明日の仕事のため資料を借りに図書館へ。
書棚から厳選した書籍をカウンターにもっていくと図書カードを忘れている。
図書カードを忘れたのですが、と言うと「身分を証明できるものはおもちですか」と聞かれる。いや図書カードを忘れる場合って「財布をまるっと忘れたんです」と言うと「身分証明書があれば借りれるのですが……」と言われる。行きづまる。
すごいスピードで家と図書館を往復することにする。
これだからライブの日は。
ライブ以外のことはなかなか抜けが出る。
ライブ以外のことは。

1月20日(日曜日)下北沢lete ワンマンライブ

夜は家に0時過ぎに帰ってから、片づいた部屋にクイックルワイパーをかけた。
またお風呂に入ってから寝た。2時。

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2019年1月3日

2019年元日日記/すごろくをつくろう

年末、仕事でうかがった先が近所で、
「最近近くに引っ越してきたばかりなんです。」
と言うと、「1月1日、こっちいる?一人?」と聞かれて「はい」と答えると
「一人の人たち集めてすごろく大会するけどくる?」「いきます」
これが、12月の話。

そして迎えた2019年元日。
うかがうのが2度目になるその人(Sさん)のお宅に入ると、
すでにすごろくの土台ができていた。


そうして少しずつ"一人の人"たちが集まり、
Sさんを入れて6名になったところですごろく作りが始まった。
そうだすごろくはまずは作るところからやる。
「なーんでもいいの。」
「現実に、ありえないようなことを書いてね!」
「でも、つまらないのは、ダメ。」
なんでもいいと言いながら、Sさんの注文が多い。
現実にありえなそうで、つまらなくないもの……。

「タイムマシーンに乗ったので、2マスすすむ」

すごろくなのに、日常がじんわりとにじみ出てしまっている。
「〜ので、」と書いてしまうあたり、現実から脱し切れていないと思う。
もっと端的に!

「急に5億もらう」

自分という人間の浅さを知る。
なんなんだ、どうしたらいいんだ。
現実じゃない、つまらなくない、、
大したことない2コマしか書いていないのに、
すごろくスランプに陥る。
できれば新年早々、スランプになんて陥りたくないと思う。
だけど思いつかない。
現実にありえないようなことで、かつ、つまらなくない……、
「Sさん、ここに、止まってる人がいます!」
「なに!?書けない人はどいて!」
私はSさんに押しのけられ、すごろくの外に出されてしまった。
そこは誰もいない、世紀末的な静けさに溢れた世界だった。
盛り上がるすごろくワールドに顔だけ無理矢理ねじ込んで、
私はSさんの書いたコマを見た。


現実がなんなのか、わからない。

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2019年1月3日

2018年年末日記

12月30日(日)

はじめておせちを作ろうと思う。
まだまだこの世は知らないことばかりで、
数の子は高かったし原料となる黒豆より出来合いの黒豆の方が安い。
あと、かんぴょうが売り切れていた。
昆布を巻くためのかんぴょう。
元かんぴょうが鎮座していたスーパーの棚を見上げて、同じく途方に暮れている婦人がいた。
おなじ境遇を思って言ってみた。
「これじゃあ、巻けないわ。」
すると「ほんとうねえ!」といってくれてうれしかった。
婦人の仲間入り。助太刀はかんぴょう。
満足してスーパーを出た。


12月31日(月)

朝、起きたら直感で「マックが食べたい」が降りてきた。

30日に買いきれなかったものや、
30日に買いたいと新たに思ったものを買いに、
隣の駅まで行く。

そんだもんだからお昼にマックを食べた。

隣の席には入れ替わり立ち代り
4人家族がやってきた。

1組目の家族の、お父さんがまだ5歳くらいであろう娘さんに
「年越しそばって知ってる?」と聞くと、娘さんはとても元気に
「知ってるよ!!アキばあちゃんが食べてたやつ!!」
と言った。
アキばあちゃんが食べるそば=年越しそば ではない。
多分なんならその時、君もそのそばを食べた。

12月31日、東京にいる。
今年、生まれて初めて一人で年越しをする。

そして物心ついたときから大晦日には見ていた
紅白歌合戦の間、私は初めてのおせちをつくっている。

泣くかと思ったら泣かなかった。
ただ、初めてオンデマンドでビデオをレンタルして見たら吹き替えで、
2倍の値段を払って字幕版を買い直したとき泣きそうになった。

2019年、やることをやるつもり。

 


–2018年12月31日–

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2018年11月16日

○○世代

仕事中、偶然流れてきた、久しぶりに聞くミュージック。スピッツ・・・。
久しぶりのスピッツに胸をつかまれ、「スピッツはいいですね・・・」と言った。ら、
「スピッツ世代ですか?」
と聞かれた。
スピッツ世代・・・。
わたしは果たして、スピッツ世代なんだろうか。
よくわからない。胸を張って、スピッツ世代だと言えるのか、わからない。
そう考えて黙り込んでしまっていると、もう一人が
「スピッツ世代よりは後じゃない?」
と言った。スピッツ世代より、後…。
「じゃあ、ジュディマリ世代ですか?」
ジュディマリ世代・・・。
鼻先をくすぐる風に少し照れ笑いしてジュディマリ世代・・・。
スピッツもジュディマリも、たしかにセーラー服を着ていたころ、聞いていた。
だけど、「世代」とつけてみていいものか考えると妙にしっくりこない。
わたしも試しに聞いてみた。
「じゃあ、なに世代ですか?」
聞くとその人は、
「恥ずかしいですけど、、、」
と前置きをして
「ファンキーモンキーベイビーズですかね。」
ファンキーモンキーベイビーズ世代・・・!
・・・長い。

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2018年10月11日

馬車馬

生きているとまぁまぁいろんなことがあって、
思わぬ出費が発生することがある。
私もこのたび思わぬ出費、かつ必要な費用により
微々たる貯金のほとんどがなくなることになる。
「つまり再出発です!」
と会社でいうと、上司が
「馬車馬のように働けばいいよ」
といった。
「仕事終わったあと、なにかすればいいじゃん」
ほら、そこのコンビニは?
銀座も歩いて行けるし、キャバ嬢とかは?
どこまで本気かわからない上司の提案には、
「コンビニで働いても何もサービスできないと思いますけどいいですか」
「キャバ嬢はたぶん無理です」
とだけ答えておいた。
そのあと、上司は誰かと電話しているとき
「ああ、浜口ですか?馬車馬のように働いてますよ」
と言っていた。
さらに、前の席の女の子に
「あなたはできる人だから」と褒め、
「私は馬車馬」と合いの手を入れると
「馬車馬のほうがスピードは早いよ」といってくれた。「ねぇ、馬車馬」
このまま行くと、会社でのわたしのニックネームは「馬車馬」になると思う。
だけど働きながら、「馬車馬」っていい言葉だな、と思う。

ジーパン、テキサス、スニーカー、マカロニ、馬車馬


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2018年10月1日

いざ目の前にすると

最近その人を前にすると、果たして自分の覚えている名前があっているのか確信がもてなくなるときがある。人の名前を覚えるのが苦手というのとは少し違う。むしろ覚えている方だと思う。「田中さん」と覚えてはいるものの、いざその人を前にすると、本当に田中さんだったか?もしかしたら中田さんや、はたまた前田さんだったのではないか!!?とすごく心配になってしまい、結果一度も名前を呼べないという事態に陥るのだ。
土曜日、つくばに行った。
私はつくばでも、同じ状態に陥った。
友人の展示を見て、いざ帰ろうというとき、その日知り合った初対面の人が車で駅まで送っていってくれることになった。
その人はしいたけを育てていて、ここのところ正社員になったといった。
それまでもいろんなことをしていたそうだ。
シャケ、みかん、あとひとつなにかとにかく食べ物を育てる仕事をしたけど、どれも長くは続かなかった、といった。
それからワーキングホリデーに、オーストラリアに行ったそうだ。
それからその人曰く「はまっちゃった」らしく、いろんな国を転々としたという。
日本に戻り、英語を生かした仕事に就きたいと思い実際に就いたが、
曰くスーツを着て、「俺」ではなく「私」を使わなければいけないことをたしなめられる環境には3ヶ月で見切りをつけたという。
そして今、働き始めて2年のしいたけ育てで正社員になり、
私の隣で普通車を立派に運転している。
そんな動きができるのって、、
「ずっと、こちらなんですか?」
え、こちらって?
「えっと、こちらに、お住まい、、お育ちも、こちらの方なんですか?」
ああ、そうそう。茨城だよ、実家もまあ近くだけど。

いばらき、だったのか、いばらぎだったのか確信がもてないのだ。
いばらき、だったような気がするが、いばらきに住んでいる人をまえに、
「いばらき」と言うことができない。

間違っていたら、失礼になる。

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2018年9月19日

今日の雨のこと

一緒にいた全員が、全力で濡れていた。

大量の雨が降った。一気に。
わたしたちは全員、折りたたみ傘しか持っていなくて、
その大きさはその雨量に対してほぼ"無"に近かった。
Kさんが道案内を間違えた隙に雨はさらに激しくなり、
これは冗談にならないという思いが全員に芽生え始めてマンションの軒先に休息を求めたとき目的地の灯りが見えた。「ここで休んでどうする」ふたたび雨のなかを進み、店に着くと完全にもう客が来ないと踏んで座っておしゃべりを楽しんでいた二人がびしょぬれの4人を見て言葉を失っていた。びしょぬれの4人のうち3人が何かを買い、その間に落ち着くだろうと思っていた雨はさらに勢力を増した。視界が水といってもいいほど降りしきる雨のなかへ、わたしたちはふたたび覚悟を決め、息を止めて飛び込んだ。
「×💀☆◎?※#💲%*〜〜!!!!!!」
「せ0α*🍞&B☆??!!!!」
「@:>こ🐮0※🌾〜〜〜!!!!」
つねにだれかが、あるいは全員がなにかを叫んでいたが、どの言葉も雨の音に消された。
「店を出て、右に曲がってまっすぐ歩くと右手に駅がある」
Kさんが店の人から聞いてきた情報を頼りに、わたしたちは土砂降りのなかを叫びながら無力の傘とともに歩いた。1cm進むごとに、背中が、頭が、足が、雨に打たれた。そうして今度は寒さが耐えられなくなったとき現れた大きな軒のしたに、全員が何も言わずに入った。

「ここに駅があるわけはない、なぜなら私たちは左側からきた」

行き道も間違えたKさんの、疑惑が核心に変わっていた。

ある者は髪を、ある者はスカートの裾を、ある者は靴下を絞った。
どこからでも水が出た。寒かった。
5分もしないうちに雨は落ち着き、
じぶんたちは何をやってきたのかと誰もが声に出さずに思った。
わたしたちは元来た道を戻り始めた。
さきほど駅から出てきたたばかりの乾いた服をきた人たちが、わたしたちを2度見した。
そうしていつもは不快に思うはずの、ぬるい風の吹く地下鉄の入り口に立ち、 誰かが「あったかい。」と言った。
その言葉は全員の腑に落ちた。

それでもあの一瞬のような、
30代〜40代の4人で叫んだ雨のなかは、とても自由だった。

明日からもがんばろう。

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