2020年2月10日

2019年10月の東京、移動の記録

東京に来て何が大変って移動だよね、移動。

11:30到着予定の飛行機の何かしらが遅れたらしく、
飛行機は11:50に羽田に滑り込み、
前回の教訓(東京は時間が経つのが早い)を活かして迅速に移動。
心がけの成果あって13:00頃には今日の宿に。
ギターとスーツケースを置いてすぐに出かける。

13:30
すごくお腹がすいていたが
大学時代の友人たちがいまさらバンドを組んだ。J-japan(バンド名)。
そのJ-japanが練習しているスタジオに遊びに行くことになっていた。
すごくお腹がすいていたがスタジオが15:00までとのことなので、
牛丼にする。テイクアウトにする。

14:30

「はまちゃん、ELTでも歌う?」
といってELTを歌わせてもらった。

ELTにここまでこぶしを入れるシーンがあるものかは

歌詞なしで2番までしっかり歌えて
自分で引いていたら「それがJ-popの力だ」とJ-japanの面々が言う。

スタジオという場所を堪能し、16:00、
美容院の予約をしていたので移動。
パーマ後、美容院でシャンプーをしてもらっている時、
スタッフの女性から「店長の〇〇からクレンジングをサービスで、と言われております」と言われて
「やはり遠方から来たからかしら!?」
と思ったら後ほどカット中に店長からさっき顔に垂れてきていたパーマ液を拭くのを自分でやってくれていたからと本当の理由を聞いた。
これから美容院に来た時は自分の仕事を率先して探そうと思った。
私の髪をいじってくれている店長は最初はカリスマと思って敬遠していたが、年々なかなかスムーズにコミュニケーションがとれるようになってきた。今、副業を考えているらしい。
「なんかいいのないかなー!」と言う。

美容院終わり、18:00
西の方に移動。
知り合いのライブ。

「シェモワ阿佐ヶ谷」という場所を目指して歩く。
歩く、歩く、歩けば歩くほど、路地と住宅街に入っていく。
ほう、こんなところに、おしゃれなバーはある。
そうだ、こういう、気づきづらい住宅地のなかにこそ
ぽっつりと、雰囲気重視のバーはある。
そう思いながらどんどんと集合住宅のなかを歩きつづけていたが、
携帯が目的地についたと言い張ったときも
目前にあるのは集合住宅だった。

ライブ会場と同じような名前のマンションが、あった。
(たしか高知を出る前に調べたときは
駅からして阿佐ヶ谷だったじゃない。
どうして気づかないかというと移動しすぎているせいだ。)

東京〜〜〜!

東京へのつっこみもそこそこに
私は走り始める。

幸いにも会場はそこから歩いて20分
走れば間に合う。
足がいたい。
靴がきついからだ。

入り口前にできていた列に並ぶも、
本番前の彼は私に気づかない。
会場に入り、座ってしばらくしたら
なにかのタイミングで気づいた彼が
「もっとオーラ出せよ!」
と言った。
そうでなくても私は気づかれない。

ライブ後、J-japanの面々とふたたび落ち合い、
お酒を2杯だけ飲み、ホテルへ。

何の加工もしていない写真。ホテルも楽しもうと冒険をした結果、
黒い壁の部屋をあてがわれた。
夜中、8回は覚醒する。


2日目

菊川へ移動。
さらに菊川駅から10分歩いて、MOT(東京都現代美術館)へ。
ダムタイプ展に来た、と思ったらダムタイプ展は11月16日からだった。
MOTは開いてさえいなかった。どうしてこんなことが……。
一旦途方に暮れる。隣接の公園のベンチに座ってみたり、
フレッシュに運動する人々をすごい遠い目で眺めてみたりする。



犬も「あの人ダムタイプ展の日程まちがえてたんだって」「ウソ」「ホント。」「うぷぷ」などと話しているように聞こえる。途方に暮れる。
私はフォークギターとスーツケースと、なんなら傘をもっている。
途方に暮れて、母親に電話などしてしまう。

仕方がないからバスキア展に行こうかと思う。
荷物が多い中、今度は清澄白河駅まで、20分近く歩く。
足がいたい。今回、きつい靴をはいてきてしまった。
どうしてきつい靴を遠方にはいてきたのかと昨日から自分に問いかけているが「オシャレだから」という答えしか自分からは出てこない。足がいたい。
フォークギターとスーツケースと傘とショルダーバッグを引っさげて私は大江戸線へともぐる。
1駅、、2駅、、電車の中で私は六本木くんだりの銭湯を調べている。目ぼしいところが見つからない。荷物は少なくなく軽くもなく、私の足は痛い。
「バスキアは、仕方なく行くところではない」
というまっというなメッセージがもしかしたらバスキア本人からもたらされる。
電車を荷物丸ごと降りる。
また逆方向の電車に。
ふたたび清澄白河に舞い戻った私は、これからは軽いものを買おうという決意も新たに歩き出す。
本来行く予定だった美術館の帰りに行こうと思っていたインド料理屋に電話をかける。
開いていなければ徒労になるからだ。早速の学習はフル回転。

私「もしもし、こちら、ナンディニさんの番号ですか?」
店側「はい。ナンディニさんの番号です。」

こういう、そのままの復唱って好きだ。

そのあと、1時間半、インド料理屋に。
それから、2時間、銭湯にいた。
そこで20分くらい死体のように寝た。

夜、メヒカブレスタンダードのレコ発ライブの本番。

本番後、こんなにあわててる人見たことないというくらい早いスピードで荷造りをし、
22時に会場を出る。
友人の家で、光の2重スリット実験を行うことになっている。
実は私はその実験のために、ライブ中のDJタイムにTOKYU HANDSまで走ってろうそくを買いに行っていた。
メキシコのイメージだけで家の中にあるメキシコらしい衣装を組み合わせていた私は、
友人いわく「西部演劇に出てくるカウンターの女」らしく、
30%が仮装をしていた渋谷の町のなかで、
ろうそくを買いにいっているだけの私も、初めてハロウィーンの一員になっている可能性があるのかもしれないと走りながら思った。