翌日は、東京に移動する日だった。
さなみが京都駅まで送ってくれた。
※さなみ
私が母校で実験助手をしていた頃、高3だった生徒。
私のことを「君」あるいは「hamaguchihiroko.com」と呼ぶ。
京都駅には8時に着いて、
8:30のバスを待っている間、さなみが
「私の知り合った人の中で君が一番ダントツに変。」
と言った。超ビックリした。さなみは美大生だ。
よっぽど美大生の方が!とムキになったが
「最近の美大生なんてかわいいもんよ。」
と若干19歳が言う。
さなみは
帰ってお風呂にも入らないのに、
ファンデーションを鼻の周りにしか塗らないのに、
髪をくくるゴムを薬指にはめているのに、
部屋につけてるカーテンを24時間開けっぱなしにしているのに、
私がヘンってどういうことだ。
「お土産を買ってくるということを覚えたのに?」
「今から乗るバスのチケットをちゃんと忘れず持ってきたのに?」
「多分さなみは、変わってるって言われると思うの他の人から、
でも私はそうは思わないし、むしろその調子!って思うよ。」
と、私は言った。少なくともカーテンの使い方はさなみより知ってる。
するとさなみは「うん。」と言って、
「私は変わってると思う。hamaguchihiroko.com。
もっと拍車かけたらいいって思うよ。」
と言うさなみの顔はやっぱり19歳のようなのだった。

さなみはいつも回数券を鶴にしてしまう
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謎の腹痛に見舞われながらも、無事、1日目のライブを終え、
翌日は一人で京都の町をぶらぶらした。
昨夜ライブを見に来てくれていた山ピーが、新しい自転車を買ったというので、
昼からそれに乗って町に出た。
やはり京都は自転車がよい!
京都に住んでいた頃、
足繁く通っていたタイ料理屋で一人遅い昼食をとり、
朝からずっと食べたかったガパオガイを注文、
料理が来て私が食べたかったのはガパオガイではないことが判明、
ガッカリしたが全部食べた。
タイの料理名はカタカナが多い。
私の食べたい料理は一体何ていうカタカナだったんだろう。
店を出て、
山ピーの自転車にまたがり行き先を考えていると、
そういえば今日、知り合いの人々がワークショップをやっていると言ってたのを思い出した、
会いに行ってみる。
京都に住んでいた頃、私が何をやっていたかというと、大学の授業を受けるか、パンを食べるか、
コンテンポラリーダンスを踊っていたのだ。
本日、国際的なワークショップを行っているらしい芸術センターには
当時お世話になったメンツが何人か存在しているはずだった。
途中でお土産をと思い、好きだったパン屋に寄ると、店は閉まり、
扉には張り紙が貼られていた。
そこには、
「長年の夢だったドーナツ屋を開きました。」
と、2年前の日付と共に書かれていた。
また自転車で約5分。
そのドーナツ屋に行くとドーナツは全て売り切れており、
かろうじて残ったラスクを2つ買って、また外に出た。
芸術センターはワークショップで賑わっているのか、
駐輪場にはたくさんの自転車がひしめきあっていた。
馴染みのある門から建物までの道を歩く。
入ってすぐ左手に位置する講堂には、扉に手書きの文字で
「見学ご自由に」
という貼り紙があった。
休憩時間まで、お言葉に甘えて見学することに。
中ではイスラエルのダンサーがワークショップを行っていて、
内容は、参加者の内一人が思いついた踊り/動きを一度だけ見せ、
それを皆で一遍に再現する、というものらしかった。
他のワークショップも受けず、ただ純粋に見学をしている者はどうやら私一人で、
私と何人かのスタッフを除くほとんどの人間(約30名)が同じような動きをしているというその光景は、
踊っていた当時こそ当たり前だったものの、
ダンスから離れた日常生活に勤しんでいると、異様にうつった。
そしてこれほど「踊りたい人がいる」という事実になんとなく驚く。
15分程で休憩時間がやってきて、見渡すと、
知り合いの内の一人、オジーの姿が目に入った。
今日も制作を担当しているのであろうオジーが、
受講者らしき人とやり取りしているのを近くまで行って待ち、
今だというタイミングを狙って声をかけた。
「オジー!」
するとオジーは
「……。」
ただ私を見ていた。
その顔は明らかに初対面の人に向けるそれだった。
私は仕方ないので名前を名乗ることにした。
「私だよ、浜口寛子だよ。」
するとオジーの顔には表情がようやく灯って
「はまちゃん!!?」
いつものオジーになった。
少しばかり立ち話をして、
その他のダンサーの方々にも
「こんにちは!」と挨拶をして、
一瞬の「?」を確認の後、すぐに「浜口寛子です!」、
と自己紹介をした。
認識してくれると、みな当時の笑顔を見せてくれるのだった。
私にも張り紙が必要だったかもしれない。
いつか好きだったパン屋の長年の夢だったドーナツ屋のかろうじて残ったラスクをそっと渡して、
会場を後にした。
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近くにあったさくら水産にて500円のA定食(焼き秋刀魚)を食べた。
さくら水産は荷物の多い私にもご飯や漬け物のおかわりを自由にしてくれ、優しかった。
さくら水産で私を見た人が思うことは、
荷物が多いということであろうと思う。

さくら水産にて、四方から荷物に囲まれる焼き魚定食
(つづかない)
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13:00。
堀川通りのどこかを西に入ったところで降りる。
960円。
住所の通りではあるが、会場はまだみつからない。
おじさんはちょっと聞いてくる!と言って近くにある美容院に入っていったが突然やってきたタクシーのおじさんにライブハウスの場所を聞かれた受付のギャルは案の定首を横に振っていた。心配そうに待つ誰も乗っていないハザードランプのついたタクシーと私の元に、おじさんはやっぱ分かんなかった!というような軽い足取りで戻って来て、最後に、あそこにマックもあるから!という言葉だけ置いて走り去って行った。
優しいタクシーのおじさんは、そういえばハリウッド俳優の誰かに似てた。
(次回、最終回)
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今まで京都に来た時は車だった。
私以外の人達もいた。
今回、私は一人でツアーに出るのが初めてなのである。
重い荷物、その上に雨、私は一人で本番前。
これ以上「泣く理由」を増やさないためにも、私はタクシーに乗った。
タクシーに乗って10分、ただの雨はお天気雨に変わる。
「変な天気ですね。」
と言うと、
運転手さんは「そうですね〜。夕立みたいなもんでしょう。」と言った。
(つづく)
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京都に着き、これからの移動方法を考えながら、私はエスカレーターに乗ったり、
地下街を歩く人々に荷物が重いということをアピールしてみたりした。
お腹がすいている。
地下街レストランは混み始め、私は並ぶ気力もなくして
また重い荷物をずるずると引きずりながらエスカレーターに乗り地上へと戻った。
地上に出ると今度は冷たい水が頬に触れる。
涙ではない、雨が降り始めたのだ。
(つづく)
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京都着、12:30。
重い。
高速バスの荷台から解放されて上機嫌の荷物達が、重い。
高知でバスに乗る前、なんとかギター以外の手提げ荷物3つを
スーツケースにまとめられないか工夫をこらしてみたのだが、
友人へのお土産「ミレービスケット」が砕けただけで終わった。
私自身、今も何故こんなに荷物が多いのかよく分からない。
いやお前が荷造りしておいて、分からないことないだろうと通りすがりのヒップホップな外人に言われそうだが、
本当に分からない。
分かっていればもっと少ない荷物で旅に出かけることが可能なのである。
(つづく)
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京都で私を見かけたら人が思うのは「荷物が多い」ということであろうと思う。
数にすれば、5。
内1つはフォークギターの入ったハードケース、
内1つは完全に海外旅行用サイズのスーツケース。
私自身、荷物が多い、と思っている。
「山では命とりになるよ。」
というあの人の言葉を思い出す。
今ならそれが分かる気がするから。
バスを降りてから一歩一歩、
私はこの荷物を連れて歩く度に自分の何かが減っている気がする。
京都まで乗ってきた高速バスの運転手さんには、
「このスーツケース、なかなか年季が入ってますね〜!」
と荷物をトランクから降ろす際言われた。
そりゃそうだ。
私はNYに言った時も韓国に行った時も東京も京都も福岡もロサンゼルスもどこに行くにもこのスーツケースを利用してきたのだ。
って、え!
どの旅行にも荷物の差がないということか!?
どういうことなんだそれは!!
(つづく)
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五月某日
某ハンバーグチェーン店に行った。
ヨーコさんが「びっくらモンキー」とか「びっくりカルテット」とか言い間違えるあのお店である。
平日だったので私は日替わりランチ(その日はハンバーグとエビカツだった)と、
〜乳酸菌飲料〜と書かれた「ヨーデル」という飲み物を注文した。
注文を取りにやってきた店員さんに「ヨーデルはいつお持ちしますか?」と聞かれて、
「もう大丈夫です。」と言って、あ変な言い方しちゃったかなもう大丈夫だなんてと思うのも束の間
「ではすぐお持ちしますね。」と店員さんは受け取ってくれて後、3分もせずに白い飲み物はやってきた。
「ヨーデルのお客様。」と聞かれ私は喜んで右の手を上げた。乳酸菌飲料を欲していた。
ついてきたストローを開けるのに少し四苦八苦したが、
晴れて出たストローの先をひたして吸い込むヨーデル。
「まずい!!」
それが私の第一声だった。もう一口飲んでみた。
「まずい!!」
それが私の発した第二声だった。
なんなら第三も第四もそうだった。
目の前にいた母にヨーデルを差し出してみた。
「まずい!!」
それを飲んだ母も同じことを言った。
しかし第二声は少し違った。
「これ、、、ミルクじゃない?」
え?ミルク?
そう思って再び飲んでみた。
なるほどミルクと言われればミルクのような味がする。
というかやはりこれはミルクではないか!?
ミルクと思えばただのミルクの味のミルクも、
ヨーデルと思って飲んだらこんなにまずい飲み物になるのか……
新たな発見を静かに感じながら迷ったものの、
私は店員さん呼び出しボタンを押した。
すると今度は別の女性店員がやってきた。
私は勇気を出して言った。
「ちょっと変なことをおうかがいしますけど、
これは、本当にヨーデルですか?」
ハンバーグを注文してチキンの照り焼きが来たなら良い、
ビールを注文してトマトジュースが来たなら良い、
それなら誰が見ても「異なるもの」である。
しかし私の頼んだヨーデルは白色で仮に中身がミルクだとしても白色だ。
まさか「ちょっと飲んでみて。」などと初対面の女性店員に言える訳がないし、
困った結果このような言い方になってしまった。
少しぽっちゃりしてメガネをかけている女性店員は、こう答えた。
「ヨーデルだと思います。」
これ以上何をどう伝えることができるのか、私は、
「ヨーデルは、牛乳のような味なのですか?」
と聞いた。
するとそのぽっちゃり店員は
「はい、牛乳を割るので牛乳に近い味をしています。」
と言った。
牛乳に近い…。
「8割方、牛乳ですか?」
「はい、そうです。」
とそのメガネ女性は言った。
「分かりました、ありがとうございました。」
私は迷い無く残すことにした。
やることはやった。
中身に確信のもてない飲み物をテーブルの右端にやり、
私の人生でこれ以降ヨーデルを注文することがあるかないかを考えていると、
注文をとった方の女性店員がやってきて、
「すみません、別の飲み物だったようです。」
とだけ言ってその偽ヨーデルをサッと取って去って行ってしまった。
「・・・・・・・。」
乳酸菌飲料だと思って乳酸菌飲料でなかったものを飲んだ時のガッカリ感を思えば、
もうちょっと謝りに必死さがあってもいい気がしたが、
改めてその女性店員が持って来た白い飲み物はまさしく乳酸菌飲料ヨーデルで、
何の迷いもなく飲む一杯目より数段美味しく、喜びを感じたのだ
ヨロレイヒー
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この度、ラジオをすることになった。
ラジオをする、というのは可笑しいかもしれない。
ラジオのパーソナリティ的なことをする、と言った方がいいのか。
言っておくが、お喋りに自信はない。むしろ口を開けば反省をすることの方が多い。
だけどやることになった。いや、した。
「どうしてラジオをすることになったのですか?」
と会った人から聞かれる。
どうしてそんなことが気になるのですか?
と聞きたいが、先手必勝、先手打たれたが最後、何か答えが必要な気がする。
ここのところずっと、何故私は今ラジオなのかと、考えていた。
「ラジオやってみたら?」という声があがった、
ネット配信に詳しい協力者が現れた、どちらも大事な要因ではあるが、
だからといって腰があがるものでもないだろう。
運転する車のハンドルを握り、カーステレオのボリュームを上げる。
ラジオは、見えない。
ほとんど声と音だけの世界だ。
それは良くも悪くも不便で、
その分からなさは余白を生み出し、
その余白は誰でもなく視聴者の想像に身を委ねている。
だからこそ、人の泳げる可能性があると思った。
ラジオ。
私は、分かりやすいことを昔から敬遠してきたように思う。
おならプー!と言ってお尻をつきだすより、
うっかり出てしまった友達のおならを笑った。
笑点のテーマ曲を分かりやすく歌うより、
コンクール課題曲の替え歌を作り皆で歌った。
運動場から「シュート!シュート!」という声が絶え間なく聞こえていることについて文章を書き、友達の言い間違いを笑い、授業中4コマ漫画を書いて怒られ、本気のラブレターを友達と交換し、台本を書き、クラス全員に役や係をふり分け、全校の前で発表した。
全ては日常に関わる、あるいは日常から派生したただのコメディだった。
繰り返されて無駄のないフォルムも美しいが、
未完成のまま飛び出して出た汗も輝く。
スーパーから出てきた主婦がはまっているソリティアについて。
口を開けばダイエット宣言の友人について。
美味しいコーヒーを入れる喫茶店店主がハマっている焼魚について。
昔の小さな失敗を抱いている建築家について。
何でも簡単に情報が手に入るように感じられる今、
見落としがちになってしまうものもあると思う。
それは時に想像力であり、時に人の弱さでありカッコ悪さであり、
時には底力であり、時には無駄なものである。
毎日にこそ輝く地味な表情を、
人の不器用さを私は愛しいと思う。
美しくなくていい。立派である必要もない。
少しつまずいて笑った時の笑顔のようなやり取りが、
今だからこそ大事なような気がしていたのだ。
今日から、浜口寛子のラジオが、少しずつ、始まります。
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