小学生の頃、男子からは「はまぐち」と呼ばれていた。
なんてことはない。苗字で呼ばれていたのだ。
全校生徒約150人、1クラスのみ23人しかいないその学年の半数を占める女子は皆男子から苗字で呼ばれていて、しかし、1人だけなぜか下の名前で呼ばれている女子がいた。
「さえか」
それがその子の名で、なんでも同じ苗字の男子が同じ教室にいるからというのがその理由らしいがその男の子だって下の名前で呼ばれていたから、きっとその子のちょうどよい鋭さと新しさと大人っぽさを兼ね備えた名前にも理由があるだろうと私はふんでいた。
そして、憧れてもいた。下の名前で呼ばれることに。
あれは小学3年か4年の時だったか。
思い切って、よく一緒にテレビゲームをしていた双子の鈴木兄弟の兄の方にお願いしてみた。
「ねえ、私の名前、下の名前で呼びすてにしてくれん?」
「いいよ。」
案外すんなり通った。
だけど翌日、学校で会っても私は「はまぐち」と呼ばれた。
学校でも、一緒に遊んでいても、特に呼び名は変わらなかった。
やっぱり同級生の男子の目とかあって大変なんだろうな、
と私なりの理解を示し、下の名前呼びすての夢をあっさり諦めた。
いつも通り授業を受け、休み時間や放課後は遊んで、
時に一人でブランコに乗り、夕暮れより前に帰る。
ある日のいつもの帰り道、
幼なじみの女の子と二人、ランドセルしょって歩いていると、
車道をはさんで向こうの道を、鈴木兄弟の兄が自転車に乗って通り過ぎようとしていた。
その時、
「ひろこ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!」
なぜか彼は大声で私の名を呼んだ。
それは"呼ぶ"というより"放った"に近かった。
「あ、鈴木くんだ、」気づくか気づかないか、
それとほぼ同時か少し前、彼は自転車をこぎながら、呼んだ。
「ひろこ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!」
一瞬こちらを向き、ニヤッとしたのかしなかったのか、
とにかくそれだけを発して風のように去っていった。
ニヤニヤの余波を引きながら走り去っていく自転車の後ろを、あっけにとられて眺めた。
恥ずかしさと照れとそれを上回る高揚感。
なんだろう。
その日の帰り道を、忘れることができない。

(2012年、2017年、2022年書記)
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いとこの家で月1で開催されている、ヨガ教室の体験に行ってきた。
「いとこの寛子ちゃんです。」
と、いとこが可愛く紹介してくれる。
講師の方から、初回時用の紙を渡され、
自分が今自覚している体の状態などについて記入する。
その後しずかに教室がはじまり、驚いたのは、
それぞれ参加者の最近の体調などを話すコーナーがあったことだ。
ある人は仕事で県外に行って悩んでいたヘルペスが完治した、
ある人は経理のためのデスクワークで少し腰に負担がかかっている、など。
そんな中、いとこの夫が、
「こないだジェットコースターに乗ったんですけど、」
と話し出した。
私はヨガのことをあまり知らないので分からないが、
ヨガの教室でジェットコースターの話をする人なんているんだろうか。
いとこ夫は続ける。
「できるだけジェットコースターで気持ち悪くなりたくない、と思っていて。
それで、乗って、登って、一回下までさがりきった時に、怖い、っていうことじゃなく、
これはかなり体に負荷がかかるぞと思ったんです。
その時、整体師の先生が、交通事故にあった時、
目を閉じて深く呼吸をしたって言ってたことを思い出して。
それで僕も、目を閉じて、深く息を吐いてみたんです。
それで、目を開けたら、終わってました。」
まるで作文、夏休みの、思い出。
ヨガ場が不思議な空気に包まれた。
私はその時隣で乗ったはずのジェットコースターのそういった負荷の反動や、
その後楽しんだインラインスケート時の筋肉痛がまだきていないことを忘れ、ヨガに勤しんだ。

ちなみに最初に渡された問診票のような用紙、
「書ける範囲でいいので」とのことだったので名前のところには"寛子"と書いておいた。
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春。
春になり、おもちゃ売り場をふらついていると、ボールを見つけた。
ボール。ビニールのボール。
子どもの時、こういうボールがなんとなく心からたまらなく好きだったこと、
家の前を流れていた緑色の川にときどき浮かんでいたこと、
などを思い出し、購入することにした。春だし。
いとこの娘(通称:いとこ娘)が好きなドラえもん色。

「ボール買ったんだけど、遊ばない?」
ボールの写真と、チャラいメッセージを送り、いとこと日程を検討する。
そして候補日となっていた週末の土曜日、いとこから電話がかかってきた。
「なんか、みう(いとこ娘)が、
物理的に、遊べる時間が一番長い日がいいって言ゆう。」
・・・物理的に!
一応候補はいくつかあって、
今日土曜日、いとこ娘の習い事の合間か、
あさって祝日も二人で過ごす予定のため都合がつくらしい。
「明日は、なんか、
レジャーチケットみたいなのもらっちょって、
それがもうすぐ期限切れるき、
急遽、鷲羽山ハイランドに行くことにして。」
ここで、しばし、間。
電話向こうのいとこ娘が何か言っている気配。
「寛子ちゃん、、、
鷲羽山、、、、
行く、、、、、?」
突然のことに、私も、しばしの、間。
「いやっ! なんでもない! 気にせんで!
みうが行きたいって言よったき!」
「・・・行きたい・・・」
ちょうどその1週間前、私は車で関西に向かっていて、
瀬戸大橋を渡りきる手前、車内から見えたなつかしのテーマパークが気になっていた。
「行く」ことにしないと行けない場所。
久しぶりに行ってみたいと、多分どこかで思っていた。
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「物理的に遊べる時間が一番長い日」と言っていたいとこ娘に対しては、
そんな一度きりなんて思わずに! ということで
その土曜日もいっしょにボール遊びをした。
この翌日、私たちは鷲羽山ハイランドに行く。
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