2016年9月7日
これは、バターですか?
(2012年、冬のはなし)
Mさんは女の人で、結婚していて、東京と高知とを半分半分くらいで生活している。
高知の方には夫婦で購入した家があり、それはとある山の上にある一軒家である。
また、その一軒家はまさに「古民家」と呼ばれる邸宅で、
水回りなどはきちんとリフォームされた上、居間などは畳と床7:3の構造、古(いにしえ)と現代のうまい融合、柱や梁は立派な大木出身であり、天井や壁などは完璧すぎない白色、これは仮に漆喰でなくても漆喰と言われたほうがしっくりくるよ、というような、とにかくどこをとっても文句のつけようのない、素晴らしいお家です。
私のつたない言葉では伝えきれませんと言って全説明を今回避。
この家は時に人で溢れかえる。
モデルハウスと勘違いして人がたくさん入ってきてしまったわけではない。
Mさん夫婦のもてなしの心ゆえである。
忘年会や新年会、クリスマスやその他誰かの誕生日会など、
関係者があふれ、皆が寛ぎ、笑い、築年数など知らないが古民家というくらいだ、
古くから存在したあたたかい空間の中で皆心和やかに楽しんで帰ってゆく。
さて、話は先日のこと。
高知のお隣は「香川県」から、
数少ないミュージシャン友だち、ミキティがやってくるらしい。
その情報をMさんから聞きつけた私は
早速ミキティに電話をかけた。
来るの?会えるの?
聞くと日帰りだから日中ならば会えるとのこと。
しかしその日、珍しく私の日中は埋まっており、
せっかく来るなら力不足で冒頭語りきれなかった例のマネージャーの家に泊まればいいよ(せっかく古民家なのだし)という勝手な提案をし、双方に確認をとった後、
人の一泊二日の高知滞在が決定の運びとなったのだった。
そして当日の夜。
しばらく誰もいなかった古民家はすっかり冷えていて、
Mさんは居間にある石油ストーブに灯油を補充している。
これからそれぞれの持参した銘酒やらスパークリングワインやらを
ちびりちびり飲みながら気になる音楽の話なんかで盛り上がる予定。
ああ、なんてお洒落なんだ。
ストーブがつくまでの間、
ミキティは全てのパーツが10cmくらいのぶ厚い材木でつくられた和机の前に座り、
ホットカーペットで香川からの疲れを癒している。
かたや私は、これから来るお洒落タイムのため、
リラックスモードにチェンジしようと、装飾品(ピアス)を外し、
居間に入ってすぐの棚の上に、
いつも置いてあるものとお洒落な感じに並べて置いていた。
そこでふと、あるものに気づいた。
本やら何やらの並べられた黒い棚の上の物の中に、
その見慣れないものはあった。
それは丸くて、簡易なプラスチックの白い受け皿のような薄い容器にプラスチック製の蓋で封をされ、どこかしっかりした、かつどこか神妙な雰囲気を醸し出す直径3、4cmの何かだった。
とにかくやたら丸いという印象を与えるこれは、何なんだろう?
どこからともなく来た興味から、私はそれを色んな角度から真剣に眺めていた。
わからない、、、。
しかし、蓋部分の少し上のほうに目をずらすと、その名前らしきものが書かれてあった。
「sagami」
・・・これは!!
私は完全に慌てた。
これはあれである。
知る人ぞ知る、あれのメーカーである!
この、お洒落で、たくさんの人が和んで楽しむ古民家で!?
漆喰でできてると言われた方がしっくりくるこのお洒落な棚の上に!?
避妊具が!
しかもそれは堂々と、キッチンから居間に入ってすぐの、
鍵を置くような場所に、
鍵や飾りなどに囲まれて野ざらしのまま堂々としているのだ。
これは、、、
フリイセックスの象徴なのだろうか?
恥ずかしいことじゃないというメッセージなのだろうか?
はたまた、覚悟がないなら、ちゃんと避妊しましょうよという心の叫び?
一瞬のうちに未だ見ぬMさんの本質を色々とかいくぐったが、最終的に、
「この家に、これは、似つかわしくない。」
という一点の結論に至り、
私は恐らく確実に慌てた顔をしながら、
かつ居間でくつろぐ2人にバレないようにしながら、
その避妊具を同じ棚の上、近くにあったプリンターのうしろに隠した。
そして必死に笑顔をつくり、
「なになに、何の話〜?」
とギクシャクと振り返り女子2人のトークに混ざって行った。
その日は夜寝る時も川の字で、避妊具の謎は聞けず仕舞い、
終始私はイチモツをかかえ、影のある笑顔でガールズトークに参戦したのだった。
それから3日後。
ミキティは既にお隣の香川県に帰り、
Mさんと私、2人だけで古民家にやってきた。
今日はただの打ち合わせという名目のお泊まり会である。
そしてキッチンから扉を抜けて居間の空気を吸った瞬間、
忘れかけていた数日前のフラッシュバックが頭を殴った。
あの日と同じように
Mさんが一生懸命ストーブに灯油を入れている背中を確認し、
私は迅速な動きでプリンターの裏をのぞいた。
そこにはやはりあの日のまま、
私の手により移動を強いられた避妊具がじっとこちらを見つめていた。
「何か用?」
私はそれと目を合わせたまま、斜めに傾いた体のまま、少し悩んだ。
*****
実はわたし、人様の家に行った時、
いつも心の奥で願っていることがあるんです。
「避妊具を見つけませんように!」
というのがそれです。
20代を越えてもやはり恥ずかしいものという意識がまだどこかにあるんでしょうか。
女子校だったことが関係してるんでしょうか。
家の玄関をくぐっても、プライベートの一切を見ていいという許可を得たわけではありません。
それを見つけてしまうのは、許されないプライベートをかいま見た事と同じ、
いやそれ以上で、
サプライズの準備をうっかり見てしまう以上で、
冬だから処理されていない毛を見てしまった以上で、
とにかく気まずいものでしょう、きっと!
だから「絶対に見てはいけないもの」だという恐怖にもにた観念が、
人の家に行くときはいつもあったんです。
そして、とにかく見てはいけないという意識が、
余計にベッドの下の隙間を気にさせたりするんです。
*****
そして遂に、恐れていた人様の家で、
よりによってMさんの家で、
見つけてしまったのだ。
私は初めてそれを。
だから悩んだ。
・・・打ち明けるべきなんだろうか?
もしうっかり置いたまま忘れてしまっていたのだとしたら、
相手もえらく恥ずかしい思いをするではないか。
私だって然りだ。
でも、もし気づいていないなら、この先もこの避妊具はここに居続ける。
プリンターの裏側に。
プリンターの裏側の避妊具は誰の何の助けにもなれない。
ましてやコピーの助けにもならない。
よって私は一人、
自分とMさんとの“仲の良さ”のようなものをコピー機の前で再確認し、
息をすい、のっぺりとした顔を作ってから口を開いた。
「Mさん、なんでここに避妊具を置いてたんですか?
私、ビックリして隠したんですよ。こないだの夜」
・・・なんて助走のない、不器用な言い方!
人は緊張するとこうもうまく文章が作れないものか!
もっと上手な枕言葉はなかったのかと、
泣きそうになりながら自分を苛みながら、
口から出てしまったものはもう取り返しがつかない。
そしてMさんはこちらに振り向き、言った。
「何のこと?」
言いづらいことほど聞き返される可能性が高い!
ここまできたら逃げることもできない。
私はしどろもどろになりながら答えた。
「いや、だから、避妊具を、ここに、
ミキティが来た日、
堂々と、置きっぱなしにしていましたよ。」
ありのままの事実を文節を区切って伝えるなんて、
お互いになんとも酷な話だなぁ、と、どこかでながれる呑気が言う。
それなのにまだ目の前の人は、
音にするなら「きょとん」という表情だけを私に伝えてくるのだ。
純粋無垢か!
いよいよ言葉だけでは拉致があかなくなってきた2人の間で、私はついに行動に出た。
コピー機の裏にへばりついていた避妊具を力任せにはがし、
目の前に差し出したのだ。
これですよ!!
まるで、刑事物である。
犯人が犯行現場に落としていった避妊具。
その避妊具には犯人の指紋がベッタリと。
避妊具を目の前にして泣き崩れる犯人。
「本当は、本当は好きだったんだ。」
「分かる、分かるよ、男だもんな。」と藤田まこと氏。
かたや目の前のMさんには人間らしい表情が戻る。
そして彼女は言ったのだ。
「えっ? それ避妊具やったが?」
・・・・・・。
どうやらその避妊具は、誰かに渡された袋の中に入っており、
どうせ浜口の忘れものだろうということで、来た時に渡せるよう
目立つ場所に置いておいたのだそうだ。
じゃあ何だと思ったのですか? これを?
と聞くと
「バターか何かかと思った。」
とのこと。
わたしの忘れ物のバター・・・。
惜しげも無く捨てようとするので、せっかくだからもらって帰りました。