2022年4月24日

「   」

小学生の頃、男子からは「はまぐち」と呼ばれていた。
なんてことはない。苗字で呼ばれていたのだ。

全校生徒約150人、1クラスのみ23人しかいないその学年の半数を占める女子は皆男子から苗字で呼ばれていて、しかし、1人だけなぜか下の名前で呼ばれている女子がいた。
「さえか」
それがその子の名で、なんでも同じ苗字の男子が同じ教室にいるからというのがその理由らしいがその男の子だって下の名前で呼ばれていたから、きっとその子のちょうどよい鋭さと新しさと大人っぽさを兼ね備えた名前にも理由があるだろうと私はふんでいた。
そして、憧れてもいた。下の名前で呼ばれることに。

あれは小学3年か4年の時だったか。
思い切って、よく一緒にテレビゲームをしていた双子の鈴木兄弟の兄の方にお願いしてみた。

「ねえ、私の名前、下の名前で呼びすてにしてくれん?」

「いいよ。」

案外すんなり通った。

だけど翌日、学校で会っても私は「はまぐち」と呼ばれた。

学校でも、一緒に遊んでいても、特に呼び名は変わらなかった。

やっぱり同級生の男子の目とかあって大変なんだろうな、
と私なりの理解を示し、下の名前呼びすての夢をあっさり諦めた。

いつも通り授業を受け、休み時間や放課後は遊んで、
時に一人でブランコに乗り、夕暮れより前に帰る。

ある日のいつもの帰り道、
幼なじみの女の子と二人、ランドセルしょって歩いていると、
車道をはさんで向こうの道を、鈴木兄弟の兄が自転車に乗って通り過ぎようとしていた。

その時、

「ひろこ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!」





なぜか彼は大声で私の名を呼んだ。

それは"呼ぶ"というより"放った"に近かった。

「あ、鈴木くんだ、」気づくか気づかないか、
それとほぼ同時か少し前、彼は自転車をこぎながら、呼んだ。

「ひろこ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!」

一瞬こちらを向き、ニヤッとしたのかしなかったのか、
とにかくそれだけを発して風のように去っていった。

ニヤニヤの余波を引きながら走り去っていく自転車の後ろを、あっけにとられて眺めた。

恥ずかしさと照れとそれを上回る高揚感。

なんだろう。
その日の帰り道を、忘れることができない。


(2012年、2017年、2022年書記)