2020年9月19日

お せ ち

私はハリキッていた。
心から嬉しい恋人ができて、
一人暮らしのその人の家で正月を迎えることになり、
おせちをつくろうとハリキッていた。
12月のうちから"簡単につくれる"おせちの本を何冊か図書館で借り、
品定めを重ね、厳選した1冊を旅行カバンに入れ、東京に向かった。

結果、12月31日も1月1日も2日も私はおせちをつくっていた。

彼は怒っていた。
いや、怒りを通り越して少し呆れていた。
「おせちを作るんだっ!」と嬉しそうに宣言していたものだから彼もてっきり、すぐ出来上がるものだと思っていたらしい。でも私もここまで時間がかかるとは思っていなかった。その証拠に私はおせちを12月31日の夕方からつくり始めている。一人の人間が、鶴の恩返しのように扉を閉め、キッチンから1歩も出てこず、ずっと何かをやっている。一食につきおよそ2品ずつ増えるものの、待てど暮らせど全貌を見せないおせちの姿。

夜も、朝も、私はキッチンにいた。
私が寝ている間に彼はキッチンを片づけていた。
彼が寝ている間、私はおせちをつくっていた。
結果、1月2日の昼ごろ、彼は怒りはじめた。

「もうちょっと、段取りとか、考えたら!?」
「ひとつひとつ、片づけるとかさあ!」
「もちろんおせちをつくってくれるのは嬉しいけどっ!」
「こんなに時間かかるならいくつかつくってから来るとかさぁ!」

私は泣いた。
新年早々、おせちを原因にして涙を流す人間は、世の中に何人くらいいるんだろうか。
そんなことを考える余裕もないくらい悲しかった。
彼の言っていることは正しい。
だけど私はおせちをつくっている間も幸せだったからだ。

「もう二度とおせちはつくらないっ!!」

私は新年早々、おせちをつくらないという宣言をした。
昨月にはおせちをつくると言っていた人間がだ。それから泣いてふて寝した。
1時間後、彼のつくったカツ丼を食べた。まだ全ては完成していない何品かのおせちと一緒に。